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ヨハネ福音書における 「夜」 と 「昼」 について
京都  木内 正一

 ヨハネ福音書は、マルコ・マタイ・ルカの共観福音書に比べると、一見、だいぶ趣を異にする文書のように思われる。冒頭の「言葉(ロゴス)賛歌」に先ずびっくりさせられてしまう。対話の中のイエスのお言葉は、いつの間にかヨハネ共同体とも言うべき信徒団の主張と見分けのつかない長広舌になってしまう。共観福音書がともかくも、イエスの伝道の「歴史的事実」に主体を置いた記述になっているのに対して、ヨハネのそれは、まるで記者の「神学論」の開陳のような趣をもつ。

 しかしよく考えてみると、「洗礼者ヨハネの先駆け」に関する記事、「イエスの受洗」、「受難」「復活」などの物語の大筋は、共観福音書の流れと少しも異ならない。違ったイエスを述べているわけではない。ただ「復活者イエス」をどうとらえているかの視点は、きわめて独特なのだ。一言にして言えば、冒頭の「言葉(ロゴス)賛歌」が示すように、主イエスの「先在性」が世の始まりまでさかのぼり、「神」と等しき存在者となる。もう一歩進めば、グノーシス主義の神学論と同一化してしまう。しかしこれも又、よく読めば、「言葉(ロゴス)は神と共におられた」(塚本虎二訳)ということで、あくまで人間イエスの人格に一体化された神であるから、グノーシス主義とは一線を画す。この緊張関係が、たぶん、ヨハネ福音書の神髄をなす一大特色なのだ。そして、物語の表現方式がきわめて象徴性にとんだものになっている。そこで「夜」と「昼」というシンボルを使った挿話を例に取って、その特色について考えて見たい。

 はじめの方に、イエスとファリサイ派に属する身分の高い議員であったニコデモとの対話の記事がある。「彼はある夜」(以下引用はすべて新共同訳から。傍点は筆者)ひそかにイエスをたずねたと語られている。体面を重んじた結果としての「夜」の訪問というわけだ。ところがずっと終わりの方のユダの裏切りの記事では、イエスから「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と言われて、パン切れを受け取ったユダは、すぐに出て行くのだが、それが「夜であった」と、きわめて意味深長な言回しの文章で結ばれている。時が「夜」であったというだけの単なる「夜」ではない。これは明らかにその時のユダの心の内の「闇」を象徴する「夜」なのだ。

 さてもう一方の「昼」の場合はどうだろうか。長い「象徴劇」のような形を成すイエスとサマリアの女との対話の記事をみてみよう。そこにはこう書かれている。「イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。正午ごろのことである。サマリアの女が水をくみに来た。」時としての「昼」の出来事の明示であることは疑いない。ただサマリアの女の方は、人目を憚ってこっそり人気のない真っ昼間を選んでやって来ている点に注意を要する。ニコデモの場合は「夜」であったが、サマリアの女の場合は「昼」である。そのおかげで彼女は、主イエスとの対面を果たし、その場で直ちに救いの道へと導き入れられる。

 そしておしまいに近いラザロの生き返りの奇跡記事も又、「昼」の出来事であることは明白だが、ラザロの「生き返り」が主の御復活の予示としての象徴であることは言うまでもない。それが「昼」の真っ只中で起こっていることが重要である。この記事の中にイエスご自身のお言葉としてこう語られている箇所がある。「昼のうちに歩めば、つまずくことはない。この世の光を見ているからである。夜あるけば、つまずく。その人の内に光がないからである。」これによって、記者が「昼」の象徴による物語によって何を伝えようとしているかは明白である。

 こうして見ると、福音書の大根幹たる主の「十字架」と「ご復活」の出来事が又、この「夜」と「昼」のシンボルを使った物語様式の敷衍であることに思い当たる。ヨハネにはないのだが、共観福音書の主イエスの「十字架」の場面では、「昼」の真っ只中に突如「夜」が侵入し、全地を暗闇に包んでしまうという記述がある。光の君を失う寸前の人々の嘆きの象徴としての「闇」(=「夜」)と言ってよい。そしてそれに続く主のご復活の記事は、「朝早く、まだ暗いうちに」マグダラのマリアが墓に行くという書き出しで始まる。ひとたび失われた光の君なる主との出合いは、黎明が今まさに「闇」をつき破って訪れんとする「昼」の出来事であるとの象徴である。明けない「夜」はない。真新しい「命」の躍動する「朝」(=「昼」)の到来とともに「喜び」は来るのだから。  

(天旅 2005年1号 所収)

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