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ただ主の恵みを受けて ― 六十年を振り返って ―
尼崎  畑野 栄一

去る七月二〇日、私たちの結婚記念日の夜、六〇年間のあれこれを独りで思い出して祈り感謝を捧げている時、突然、ヘンリー・ナウエンの「誕生日を祝福する言葉」を思い出しました。それは、「生まれて来てよかったですね。お互いに知り合えてよかったですね。生きていてよかったね」と、他人と自分を、未来に向かって肯定し祝福しているものです。特に、「今、ここに、生きることが大切」と言っています。結婚六〇年記念日は、私たちにとつて一種の誕生日です。年齢から云って、なんだか人生の終わりが近づいたと感じていましたが、そうではない。今ここに生きているのだし、また新しく生き始めるのだと気づきました。

 ヘンリー・ナウエンの事を思い出す四、五日前にも、ふと思い出したことがあるのです。終戦後の昭和二〇年一〇月二三日、満員列車の立ちん棒の中、リュックと両手に生活用品を持てるだけ持って、亀岡から備中高松へやってきた翌日、妻の寿子は下宿の二階の六畳の間で、疲れの為か高熱を出し、顎の下のリンパ腺を腫らしていました。とりあえす注射をしたのですが、その注射が間違っていたらしく、引き付けを起こす、胸が苦しいと訴えるで、こちらもおろおろしてしまいました。何しろ医学部最上級生とはいえ、まだ医師になっておらず、経験もなかったので、翌朝になり何とか回復に向かってくれたのでほっとしたことです。今になって思い出したのは、神様が、「私はその時からお前たちを助けているんだよ」と言われているように思ったからです。あの時から神の助けはあったのですね。

 それから二〇年、開業して一年経った頃、私も異型狭心症発作を起こすようになり、二年以内に心筋梗塞に多行して、死ぬ確立が五〇%と友人の医者に言われた時には、開業の為の借金は殆ど残っているし、息子の研太郎は浪人中ですし、寿子は大変だったでしょう。二年で死ぬはずが、あれから四〇年以上生かされて、神様に護られた事を感謝し、神様・
イエス様から頂いたこの恵みを賛美している毎日です。勿論、年をとって耳の聞こえが悪いので、皆さんとのお話も理解できないことが多くなって情けない。そしてご覧の通り足腰の不自由な哀れな外見です。このような体の機能の喪失があるにも拘らす、「神様の恵みの証しをさせろ」と言う厚かましさだけは、十分残っている。この自由の恵みは、ありがたいものです。
 その恵みというのは一口に言うと、「私の救いの確信」なのですね。この救いは、イエス様がニコデモに言われた言葉「新しく生まれなければ、神の国を見ることは出来ない」と関係があります。新しい人間になつた私は、教会へくると、皆様にも優しくしていただき、平和で、私自身も割合無理なく人を愛しようとすることが出来る。でもね、《今の私は昔とどう変わったか、イエス様にどれほど近づくことが出架たか》を考えると、昨日と較べて勿論ちっとも変わっていない。.一年前と較べても、変わっていない.一〇年前と較べてもはっきり分からない。

けれども六〇年前の私、まだキリストを信じていなかった時と較べるとはっきりしてくる。変わったと言っても他人からは全然分からない位の事ですが、私には分かる。六〇年前と故べるとずいぶん変わった。こうなるのに時間はかかり、又変わりようは、少しづつ少しづつ、次第にでしたが。

 変わったことと青うのは第一に、イエス様の十字架が私の救いのもとだなんて信じている。イエス様が父なる神によって復活させられてキリストすなわち、救い主になられた、だなんて信じている。聖霊によって神が私と共にいつもいてくださるのだ、なんて本気で信じているのですからね。確かに変わった。このように新しく生まれなければ、本当にわずかの愛も知らない人間になっていたでしょう。倫理道徳的な愛を超えた、イエスの愛、神の愛の事です。本当の人間になるのは、イエス様の聖霊を頂いて新しい人間に生まれ変わることだと、今は分かった。では新しい生命を頂くために、私はどんなことをしてきたか。

 唯その時そのときに、イエスの愛を皆様の前に現したいと思って生きて来ただけです。そして、常に感謝し、時々ふと霊歌で賛美しているだけです。そういう気持ちにならせて下さるのは聖霊様ですが、聖霊様は私の中で復活信仰が確かなものになってくればくるほど、はっきりと私を導いて下さった。キリストの復活を信じるという事は勿論、終わりの時、終末の時には自分も復活することを信じることですし、それだけでなく、今頂いている「永速の命」というのは、イエスの命を持って今現在を生きようとすることだと知ること。たとえば、私たちは笑顔で人に接するということが大切ですね。大分前にここで証しをさせて頂いた時だったと思うのですが、確か森田姉妹が私の笑顔をほめてくださった。それで、(ええ笑顔やと云わはっただけで、中身がええと云わはったんと違うぞ)と自戒しながら家に帰って、それでも早速鏡の前で、ああそうか、こんな顔ね、まあまあやな。六〇年前、洗礼を受ける前は仏頂面だったことを思えば、上等だな。笑顔というのは大切ですよ。心からいつも喜ぶことができなければ、「福音=喜ばしい便り」を聞いたとは云えない。パウロは「聖霊の実」の所で、愛・喜び・・・・と二番目に喜びを挙げている。「いつも喜んでいなさい」という言葉も好きな言葉です。クリスチャンの笑顔が波紋のように広がって行って、世界に平和がくるとも言われます。

 しかし、外見なんかどうでもよい。中身が問題ということです。では私の中身がどう変わったか。それは、本気で十字架、復活、聖霊を一番大切だと考えることができるようになったことです。そうなると、基本的な価値観が変わる。最も大切なものはお金ではなく愛です。もちろんイエスに対する愛です。それはイコール(具体的には人間をどう愛するか)という問題になる。神様から私たちが頂く究極の愛は何か、と云うと、イエス様が初穂となってくださったように、私も終わりのの時には復活させられるということ。自分の復活を信じると、自分を捨てることが出来るようになる筈です。昔、イエスのためにこの世の命を捨てることが出来た人たち、殉教者たちは皆、終末的な自分のよみがえりを固く信じていたのです。

 復活信仰は頭の中の問題ではない。今、私の中で、キリスト・イエスが、聖霊によって働いてくださるのです。それは神様のみ言葉、イエスのみ言葉によって示されることが多かった。私の一番最近の経験は、脳梗塞を六年か七年前の一二月二七日に起こして、左半身が殆ど完全麻痺になり、それでものんきに平安を頂いていた私も、こりやあもう歩けないなと、覚悟を決めかけていた一月三日の主日、キリスト教病院だから説教がマイクで流れてきた。聖書は、ヨハネによる福音書の最彼の方で、復活のキリストがペテロに言われれます。

《あなたは手を伸ばされて死ぬのだが、(つまり、十字架にかけられるのだが)その死にざまによって神様の栄光を顕すのである》と。それを聞いて私はいっぺんに元気が出た。ああ、まだ死に方で神の栄光を表すことが出来るんだ。それまで私の生き方はある、と。そして、他の患者さんを笑わせるるように努力をし始めた。麻痺の来ている患者さんは、殊に言葉も云えなくなった患者さんは自分の前途を悲観して、皆、暗く沈んでいるのです。黙って見ておられない。笑いは、病気をよい方に向け、回復を早めるのを知っていますか。・・・・・

 昔立花病院小児科で働いている時、脊髄腫の小学三年の女の子が入院してきた。その子は脊髄がやられていますから、ぞろぞろ、虫が這っているような異常感覚が全身を犯しているのです。蟻走感と言います。体中むずむずするものだから、そりやあ堪らない。夜も眠れない。だから周囲を呪って、付き添いに文句ばかり言う。医者や看護婦にも「皆、うちの身になってみたらよく分かるんや」と言う。生活保護で母親は既に死んでしまっておらないですから、付添婦なんですが、付添婦は眠らせてもらえないから長続きしない。困っていたのですが、そこへ中年女性の日曜学校教師が見舞いに来た。そしてその子に話すのです。「あなたはね、もうすぐ天国に行くのよ。そこにはね、お母さんもいるし、イエス様もおられるのよ。あなたの苦しみもなくなるの」と。すぐ付添婦が私に告げ口に来ました。私は腹を立ててすぐに行ったのですが、既に帰ったあとでした。それで手紙を書きました。「小学校の子に復活の命なんて分かる筈がないと私は思っている。だから患者に治ると言って希望を持たせてきた。それをあなたはぶち壊した」と。返事が来ました。「まことに考えの足りぬことでした。神様の癒しの力を信じきっていない不信仰な者でした」。この人の信仰には頭が下がりました。

 癌ですから治る筈がない、と私も思っていました。そして不思議なことが起こりました。その子が周囲に迷惑をかけなくなり我慢できるようになった。「うちら、天国に行くんや、お母ちやんも、イエス様も居はるしなあ」。神はおられる。癒しをされる。慰めを与えられる。十字架の慰めを。復活も子どもなりに分かるようになる。私たち医者は心を尽くし、誠実の限りを尽くし、子供にも本当の事を話さねばならない。神様の助けを信じて。そして現実に神様はその働きを見せてくださるのです。私が本気でイエス様と付き合えるようになったことが、恩寵であり恵みです。復活を信じ、聖霊を与えられて、新しい人間にされた。これが恵みです。

 そんな夢みたいな勝手な信仰と言われそうですが、終わりの時に復活するということが、実は生きている今既に起こっているのです。イエスの十字架を信じた時に、永遠の命を頂いたのですが、永遠の命とは時間的な永久を意味しているだけではない。それは神の国に生き始めた命、それはキリストの性質、互いに愛し合うという性質を貰って生きる命です。キリストの平和を大切にする命です。

 神様は、「イエスの十字架を信じて救われたと信じたのか! では、父なる神であるわたしを宣べ伝えなさい。『ありてあるもの』である事を顕す言葉そのものであるイエス・キリスト、わたしが復活させたわが子イエス・キリストが、ずーっとあなたと一緒に生きて下さるよ。それがわたしの新しい約束なのだよ」と、霊と真を尽くして言って下さるのです。私たちはイエス様・復活のキリスト様に祈って、聖書を読んで、そして 《神様・イエス様、私はあなたにすがっています。どうぞ私に寄り添ってください》と祈り、御子イエスを知ろうとするだけでよいのです。私はそのように生活してきました。このように無条件、何も払わなくってよい、無償ですから。キリストを信じる事は、単純そのものです。

 すべての基本である十字架の経験も、詳しく話したいのですが、時間がなくなってきました。現在の恵みを頂いている基礎である、私の受洗(生命の充満)について語らねばならぬのですが、一言で言いますと、《イエスの十字架は、二千年前に、私の為にあった》と分からされたことが契機です。そしてパウロは、「十字架の言葉だけが、私たちの救いであるから、わたしは十字架の言葉を宜べ伝える」と言うのです。その十字架の言葉とは、「十字架にかかって、人間を赦し救う為に、わたしは来た」と言われたイエスの言葉であり、イエスの事実そのものです。

 ひと言、祈ります。
「主よ、あなたの十字架の深い意味を分からせてください。み名によって.アーメン!」



編集者からのコメント

 寄稿者の畑野栄一兄は、日本聖公会・芦屋聖マルコ教会に所属の方です。現在八四歳のご高齢ですが、長年小児科医として働かれた後、ここ十年あまり個人福音証言誌「希望と勇気」を出して、キリストの福音を多くの読者に語り続けてこられました。一九九五年から「天旅」誌友としての交わりをいただくようになり、拙著を用いて読書会を進めていただくなど、主にある同志として親しくしていただいています。文中に出てきた寿子夫人は日曜学校や死刑囚伝道などに、ご長男研太郎氏は海外医療伝道派遣医師としてバングラデシュで活躍されるなど、御名のために献身されているご一家です。

 (天旅 2005年6号 所収)


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