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終 刊 の 辞 ― 福音誌「天旅」終刊にあたって ―
  市 川 喜 一

  キリスト福音誌「天旅」は、この二〇一二年4号をもって終刊することになりました。永年詩友として主にある交わりと祈りを賜わりました諸先生と諸兄姉に心からの感謝をこめて、この終刊号をお届けします。終刊号をお届けするにあたって、所感の一端を申し述べてご挨拶とさせていただきます。

 わたしは一九五六年に主からの召命を感じて独立伝道を開始し、四日市や神戸での短期の開拓伝道の後、京都市北区の自宅にささやかな集会を設立しました。その集会の交わりのために、一枚物の会報を「天旅」と名付けて出しておりました。「わたしたちの本国は天にある」のですから、地にあっては天にある故郷を目指す旅人であるとの自覚からです。その後、京都を中心に、大阪、神戸、奈良などの関西地域や小諸などの地方で、独立で福音を宣べ伝える活動に携わってきました。その間、東京大学の小池辰雄教授の「キリスト召団」の運動に参加したり、大学に残られた同志の奥田昌道氏と共に、母校の学生に聖書信仰を伝える「エマオ会」を立ち上げたことなど、五十数年前のことが感謝をもって懐かしく思い起こされます。

 そのような初期の福音活動を経て、一九七八年に現在の京都市下京区の古い町屋に集会所を付設し、その集会所を(マタイ五・九によって)「創和会館」と名付け、そこを拠点として福音集会や聖書研究会を進めてまいりました。その会館を福音の御用に献げる集会、いわゆる献堂式には、関西方面だけでなく小諸からも多くの誌友が参加してくださいました( 写真1 )。一九八六年にその京都の古い町屋に転居したのを機に、土蔵の二階を改築した書斎にこもって、それまで各地で語ってきた福音講話をまとめ、また、自分が聖書をどのように理解し信じているのかを証言するために、文書にして書いておく作業を開始しました。それは、ちょうどその頃普及し始めていたワープロを使って、自分で原稿を書いて印刷し、自分でコピーして綴じるという、きわめて粗末な体裁の二〇頁足らずの小冊子でした。そして、その小冊子を、しばらく途絶えていた集会会報の「天旅」の名をとって「天旅」と名付けた次第です。天にある都を目指す旅人であるとの、最初からの思いは変わらないからです。

 このような経緯からして、「天旅」誌は主筆市川の個人的な証言という性格の刊行物になっています。ときには先生方の寄稿や誌友の証言をいただいて載せることもこともありましたが、ほとんどが主筆市川の福音講話の要約と聖書講解(おもに新約聖書)という内容の「個人福音証言誌」という性格のものになっています。とくに後半は、新約聖書の各文書の講解の連載という形になってきていました。これは、「お前は聖書をどう読んでいるか」という主の問いかけに、生涯をかけて書いた答案です。

 新約聖書の講解と言っても、私訳をつけて一節ごとに詳しく講解するものから、段落の要旨を解説するだけの簡略なものまで、扱い方の程度はさまざまですが、本号の「ルカ福音書講解」の完了で一応すべての新約聖書の文書を講解を完了したことになります。また同時に、わたしの新約聖書研究の集成としての「福音の史的展開」上下二巻も完了し、小誌も一応その使命を果たしたのではないかと感じることになりました。それで、年齢からくる体力の限界もあり、定期刊行物としての「天旅」は終刊とし、別の形で著作活動に専心することにした次第です。

 わたしは学生時代にペンテコステ派のフィンランド宣教師から福音を聞いて回心を経験し、また聖霊のバプテスマを体験して、生涯をこの福音に献げる決意をしました。同時に、内村鑑三の著作によって励まされ、既成の教団教派に所属することなく、自由な立場で福音の真理を追究し、福音に仕える道に憧れました。そのような生涯が可能であるとはとうてい考えられませんでしたが、教会の枠の中で開始した初期の伝道活動で、独立の必要を痛感し、パウロのように自分の手で働いて福音活動を進めるという自給の態勢で活動を始めました。それが可能であるかどうか考えるゆとりはありませんでした。それが実現したことは、わたしには奇蹟としか思われません。わたしのような非力で小さな器が、内村鑑三のように独立の福音活動を貫き、しかも個人福音誌を発行してこの国における聖書理解のための働きを進めることができたのは、主の恵みによる奇蹟の出来事であるとして、主を賛美せざるをえません。

 「天旅」誌上に発表してきた福音講話や新約聖書講解は、いつの日にかは著作集として出版したいという願いはありましたが、前世紀においては一冊を出版するだけでも大きな費用がかかり、わたしのような独立自給の伝道者には夢物語でした。それで、古希の誕生日を期して二〇〇〇年に、当時普及しつつあったインターネット上に「天旅」ホームページを開設し、そこに福音誌「天旅」の内容を少しずつアップロードし始めました。そのホームページは、幸い北海道から沖縄まで広く日本全国の読者を得て、今日に至っています。

 一方、世紀の変わり目の前後から出版事情も変わり、オンデマンド出版という形で自著を出版することが可能になりました。それは、コンピュータ上で自分が作成した原版を出版社に送り、希望の部数だけ印刷製本して出版するという形なので、資力のない者にも出版ができます。それで、それまでに「天旅」誌上に発表していた分を用いて、二〇〇二年から二〇〇五年の四年間に、ローマ書の講解に至る十三冊を一気に出版する運びとなりました。このようにしてできた「市川喜一著作集」第一期分の完成を祝い、同時に独立伝道五十周年を記念して、誌友の有志が二〇〇六年に京都の鴨川畔の「くに荘」で記念会を開いてくださり、多くの同志の先生方と誌友の兄姉が集まってくださいました( 写真2 ― この写真には学生時代にお世話になったヘイモネン宣教師の子息夫妻の顔も見えます)。

 この記念会は、いつ召されるか分からない年齢に達しているわたしには、告別式に来ていただく以上に嬉しい集まりとなり、ながらくお会いできなかった誌友との旧交を温め、この世で賜った主にある交わりを感謝する会となりました。その後、著作集の刊行は第二期に入り、「天旅」誌上に発表した新約聖書の講解を著作としてまとめ、順次に年一冊のペースで刊行を続けてきました。来年の二〇一三年には「市川喜一著作集」全二十一巻(その一覧表は本誌裏表紙にあります)の完成を予定することができるところまで来ました(残りの巻の原稿は出来上がっています)。この著作集は、この国の次の世代にに書き残したわたしの遺書です。これがどのように用いられるかは、主の恵みの御手に委ねるのみです。

 これで著作活動を止めるわけではありません。なお福音の深みに思いをひそめ、研究を重ね、書くべき課題は山ほどあります。「福音の史的展開」の終章で提起した「宗教相対主義」の問題も、そのような課題の一つです。主のお許しがあれば、体力の続く限りそのような課題に取り組み、書き続ける所存でいますので、引き続き皆様の祈りのご支援をお願いする次第です。

 このような経緯で進められてきた「天旅」誌と「市川喜一著作集」の刊行については、現在も創和会館で進められている「新約原典研究会」の寄与について、特記して謝意を表する必要があると思います。この研究会は、同じ京大の学生時代にフィンランド宣教師団の集会で信仰に入った久野晋良(西洋哲学)、私市元宏(英文学)と市川(法哲学)の三名が、卒業後しばらく共同の福音活動をした後それぞれ別の道を進んでいましたが、二十年ほど経って再会し、新約聖書を原典でしっかり読む必要を感じ、一九七七年に開始し、月一回のペースで創和会館で進めてきた研究会です(この研究会の紹介は「天旅」ホームページの「京都聖書学研究所」のページにあります)。わたしたち三名は、この国において聖霊体験に基づく聖書信仰と学問的な神学研究が橋渡しができないで分裂しいる現状を憂い、その淵を越えて両者を統合することを志し、この研究会で新約聖書の主要文書を原典で正確に読むように務めながら、現代の神学問題に議論を重ねてきました。

 その間、有志の方の新しい参加や転勤や死去によるメンバーの変遷がありましたが、長年京都大学のキリスト教学を担当してこられた京都大学名誉教授の水垣渉氏が二〇〇四年より参加してくださることになり、この研究会の視野が広がり、学術面での精度が上がったように思います。昨年には田辺明子氏の参加もあり、現在は五名の研究会となっています。わたしの天旅誌と著作集の刊行には、この研究会の活動が基礎にあります。もちろんこれは個人の著述でありますからすべての責任は市川にあります。しかし、この研究会での研鑽と刺激がなければこの著作集は生まれなかったという意味で、この研究会はこの著作集の生みの親です。ここで「天旅」誌の終刊と「市川喜一著作集」の一応の完了にさいし、改めてこの研究会のメンバー諸氏に深甚の謝意を表します。

 「一応の完了」と申し上げたのは、今回の著作集の完了は、「天旅」誌の終刊にともない、「天旅」誌に発表してきたものをまとめて刊行してきた第一期と第二期が完了したという意味であって、わたしの著作活動が完了したという意味ではありません。先にも申し上げましたように、この「天旅」誌の終刊をもって一区切りとし、これからは別の形で思索と著作に励み、課題に応えていきたいと願っています。主のお許しがあれば、出せるときに出すという自由な形で著作活動を続け、第三期分として「市川喜一著作集」に加えることもあろうかと思います。引き続き祈りのご支援をお願いする次第です。

 ご挨拶を終えるにあたって、このような独立伝道の生涯を可能にしてくださった主イエス・キリストに感謝と賛美を献げるとともに、地上の生涯の間、主にある交わりをいただきましたすべての方に、改めて心からの感謝を申し上げたいと思います。

 信仰の先達としてお導きをいただきました諸先生方、同志として励まし協力していただいた諸氏、祈りと献金をもって「天旅」と著作集の刊行を支えてくださった誌友の諸兄姉、その中でも特に校正というような縁の下の作業を担ってくださった兄姉、長年集会の交わりの中で聖書の学びと祈りを共にしてくださった集会員諸兄姉、またその一員として独立の福音活動において生活と経済面を助けてくれた妻、これらの方々の支えがなければ「天旅」誌も著作集もありませんでした。お一人ひとりにお会いし強い抱擁・握手を交わして、この謝意をお伝えしたい心境ですが、今回終刊に際して誌上のご挨拶をもって、この感謝の気持ちを送らせていただきます。

 わたし自身、もうすぐ八十二歳の誕生日を迎えることになり、いつ何が起こってもおかしくない年代に入っています。この終刊号を受け取ってくださる方々にも、わたしよりも高齢の方もおられます。感謝の気持ちをお伝えすることができなくなる時がいつ来るか分からない時期に入っていますので、この機会を借りて微意をお届けする次第です。

末筆ながら、誌友の皆様のこれからの日々の信仰の歩みに、主キリストの恵み、聖霊の力強い導きと励ましがありますように、切に祈ります。「わたしたちの本国は天にあります」。わたしたちはやがて主の御許でお会いすることになるでしょう。共に主の栄光を賛美しつつ、その日を待ち望みたいと願います。

2012年 11月
市 川 喜 一
(天旅 2012年4号 京都通信160)
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