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まえがき

 わたしは『市川喜一著作集』において新約聖書の全文書の講解を志し、これまでにルカ二部作(ルカ福音書と使徒言行録)を除くすべての文書の講解を終え、著作集に入れることができました。最後に残したルカ二部作も、ルカ福音書の第一部「ガリラヤでの神の国告知」を扱う『ルカ福音書講解T』を一昨年に、そして「使徒言行録」とほぼ同じ時期の最初期共同体の歴史とその福音告知の内容を扱う『福音の史的展開T』を昨年刊行して著作集に加えることができました。それに続いて今年は、ルカ福音書の第二部「ルカの旅行記」を扱う『ルカ福音書講解U』を刊行する運びとなりました。

 ルカは基本的にマルコの三部構成に従い、ガリラヤでの「神の国」告知の働き、エルサレムへの旅、エルサレムでの受難と復活という三部でその福音書を構成しています。そして、第一部のガリラヤでの働きと第三部のエルサレムでの受難と復活ではほぼマルコに従って記述を進めていますが、第二部のエルサレムへ向かう旅行記では、大きくマルコから離れ、マルコにはない記事で埋めています。そこでの記事は、「語録資料Q」と呼ばれるマタイと共通のイエスの語録集と、ルカだけが持っているルカの特殊資料が用いられ、ルカの特色がもっともよく現れる区分になっています。「旅行記」といっても旅程に関する叙述はほとんどなく、ルカがマルコの枠を離れて自由に資料を用い、自分の福音理解で記事を構成することができる一種の物語空間となっています。そのためこの第二部「ルカの旅行記」は、ルカの信仰理解の特色がもっともよく表れている興味深い箇所になります。本書では、この区分に見られるルカの信仰と思想の特色に注目し、この最初期後期の最後に現れて、これまでの様々な潮流を統合して次の世代に引き継ごうとしているこの福音書が、どのような方向に向かっているのかを探りたいと願っています。

 では、このささやかな労作が、読者の皆様の聖書理解と信仰に役立つように主がお用いくださることを切に祈って、お手元にお届けします。

二〇一一年 三月
               京都の古い町並みの中から
                    市 川 喜 一