市川喜一著作集 > 第22巻 続・聖書百話 > 第39講

39 神の働きの場 キリスト

 キリスト・イエスにある命の御霊の《ノモス》が、あなたを罪と死の《ノモス》から解放したのです。

(ローマ書 八章二節 私訳)


 救いとは解放です。わたしたちを押さえつけている力とか支配からわたしたちを解放して自由にすることです。先に(曙光38で)で見たように、福音はわたしたちを救う神の力または働きですが、その働きの第一歩は解放です。神はそれを示すために、昔ご自身の民イスラエルを奴隷の家エジプトから救い出されました。そして今は、福音によってご自分の民を「罪と死の支配力」から解放されるのです。ここで罪というのは国家の法律や社会の道徳や宗教の戒律に違反する行為のことではありません。それは、人間を神の働きに脊を向けて、自分に閉じこもらせるようにしている支配力です。
 パウロがここで用いている《ノモス》というギリシア語は、法律、戒律、原理、法則という意味から、ユダヤ人が自分たちの宗教を指す《トーラー》というヘブライ語の訳語まで、多様な意味で用いられる語です。私はここでパウロが用いている「罪と死の《ノモス》」を「罪と死の原理また支配力」と理解して読んでいます。わたしたち生まれながらの人間は本性的に罪の力に支配されて、神の働きに背を向け、神の言葉を聴こうとしません。その結果、神の命から切り離されて、死の支配に服しています。死とは命の源泉である神から切り離された状態です。わたしたち人間は「罪と死の支配力」に押さえつけられているのが現実です。
 しかし今や、神はわたしたちの罪のために死なれた復活者キリストによって解放の働きを成し遂げてくださいました。パウロはそれを「キリスト・イエスにおいて働く命の御霊の支配力があなたを解放した」と表現しています。人間一般の在り方という場では「罪と死の力」が支配しています。しかし、「キリストにあって」という場では「命の御霊の力」が支配力として働き、わたしたちを罪と死の支配から解放します。
 すべての物体は重力によって地面に落ちます。しかし強力な磁力が働く場では、磁石のある方に鉄片は引き上げられます。キリストは磁場のように神の解放の力が働く場です。だれでも福音を聴いてキリストの中に飛び込んで来るならば、キリストという場に働く御霊の支配力によって、罪と死の支配力から解放され、命を与える神の働きを受け、神の子としての命、すなわち永遠の命を受けるのです。