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まえがき

 イエスの十字架の年(おそらく三〇年)の過越祭の日から、その年の五旬祭(過越祭から五十日目の祭り)の日に弟子たちがイエス復活の証言を始めるまでの五十日の間に、どのような出来事があったのか、弟子たちはその期間どのような行動をしたのか、福音書と使徒言行録はほとんど何も語っていません。この五十日はイエスの生涯を語る福音書記事の空白の五十日となります。しかしこの五十日が、イエスの十字架死の後のペトロの生涯を決する重要な時期となるのです。その時期にペトロの身に起こった出来事が「第二章 ガリラヤでの復活者の顕現」で語られますが、これが本書の主眼点です。

 その前にその体験に至るまでのペトロの歩み、すなわちイエスの弟子としてのペトロの体験が「第一章 イエスの弟子ペトロ」で述べられます。そしてそのガリラヤでの決定的な体験の直後に起こったエルサレムでの聖霊の傾注とペトロの最初の証言が「第三章 エルサレムでの最初の証言」で語られた後、その証言によって形成されたイエスをキリストと信じる者たちの共同体であるエルサレム共同体での、ペトロの使徒としての働きが「第四章 エルサレム共同体での使徒ペトロ」で叙述されます。そして第四章の「むすび 弟子ペトロと使徒ペトロ」で、第二章のガリラヤでの決定的な体験の前の弟子ペトロと、その後の使徒ペトロが対比して語られることになります。

 このようにガリラヤの漁師ペトロを、キリストの福音の使徒とされた神の大いなる働きを語る本書が、キリスト信仰に生きる諸兄姉の聖書理解と信仰の励ましなることを願ってお届けします。

  二〇二二年 四月
               京都の古い町並みの中から
                    市 川 喜 一