市川喜一著作集 > 第19巻 ルカ福音書講解V > まえがき

まえがき

 わたしは『市川喜一著作集』において新約聖書の全文書の講解を志し、これまでにルカ二部作(ルカ福音書と使徒言行録)を除くすべての文書の講解を終え、著作集に入れることができました。最後に残したルカ二部作も、ルカ福音書の第一部「ガリラヤでの神の国告知」を扱う『ルカ福音書講解T』と、福音書の第二部となる「ルカの旅行記」を扱う『ルカ福音書講解U』、および使徒言行録と同じ時期を扱う『福音の史的展開T』はすでに刊行し、残るは福音書の第三部をなす「エルサレムでの受難と復活」の各章と、最後に回した一〜二章の「誕生物語」だけとなっていました。今回、ようやくそれらの各章の講解を完成し、『ルカ福音書講解V』として刊行する運びとなりました。これで『ルカ福音書講解』を完了すると共に、(使徒言行録以後の時期を扱う『福音の史的展開U』も昨年刊行していますので)『市川喜一著作集』の第一期と第二期の全巻を完了することになります。

 ルカは基本的にマルコの三部構成に従い、ガリラヤでの「神の国」告知の働き、エルサレムへの旅、エルサレムでの受難と復活という三部でその福音書を構成しています。そして、第一部のガリラヤでの働きについては、ほぼマルコに従って記述を進めていますが、第二部のエルサレムへ向かう旅行記では、大きくマルコから離れ、マルコにはない記事で埋めています。そこでの記事は、「語録資料Q」と呼ばれるマタイと共通のイエスの語録集と、ルカだけが持っているルカの特殊資料が用いられ、ルカの特色がもっともよく現れる区分になっていました。ところが、エルサレムにおけるイエスの受難と復活を扱う第三部では、大筋では再びマルコの物語の枠組みに戻っています。しかし、マルコの物語を下敷きにして書くのではなく、ルカ独自の資料と視点から物語を構成し、「ルカの受難・復活物語」を伝えています。本書では、そのルカの物語の特質を明らかにすることに重点を置いて講解を進めます。同時に、本書が四福音書講解の最後になりますので、他の福音書とも比較検討して、イエスの出来事の実相やその意義についてまとめる努力もしていくことになります。
 
 なお、先に刊行しました『ルカ福音書講解T』の「序論 ルカ二部作の成立」で述べたことは、その刊行後に取り組んだマルキオンとの関連から、一部修正しなければなりません。ルカ福音書の基本的な性格や内容については修正の必要はないと思いますが、その成立の経緯と事情については、昨年刊行した拙著『福音の史的展開U』の第八章第一節「ルカ二部作成立の状況と経緯」を見てくださるようにお願いします。わたしはルカ二部作を新約聖書の主要文書の最後に位置づけてきましたが、その最終的な成立をマルキオンとの対決という具体的な歴史的状況において見るようになり、ルカ福音書の成立過程も修正せざるをえません。

 では、このささやかな労作が、読者の皆様の聖書理解と信仰に役立つように主がお用いくださることを切に祈って、お手元にお届けします。

二〇一三年 三月
               京都の古い町並みの中から
                    市 川 喜 一