市川喜一著作集 > 第19巻 ルカ福音書講解V > 第56講

11 ナザレに帰る(2章39〜40節)

 親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った。幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。(二・三九〜四〇)

 ルカの物語では、住民登録のために「ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った」(二・四)という記事の後、ここで初めてガリラヤのナザレに帰ったことが言及されるので、素直に読めばヨセフとマリアはこの時点までユダヤのベツレヘムにいたことになります。先に(一・二二の講解で)夫妻は一度ナザレに帰って、再度清めの儀式のために上京した可能性に触れましたが、ルカの物語ではどちらでもよいことで、要するに「彼らは主の律法で定められたことをみな為し終えた」ことを言いたいのです。なお、新共同訳では「親子」と訳されていますが、原文のギリシア語では、動詞が三人称複数形で用いられているだけで、主語を特定する名詞はありません。これまでと同じく両親と見てよいでしょう。ここに幼子イエスを含ませて、イエスは赤子の時から律法を満たしておられたと読むのは、それは事実であるとしても、テキストの読み方としては行き過ぎた「読み込み」でしょう。 
 生まれたばかりの幼子イエスを連れて、「自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った」ヨセフとマリアが、そこでどのように暮らしたかは何も述べられていません。幼子イエスだけにスポットライトが当てられ、幼子イエスがどのように育ったのかだけが記述されます。それも「幼子は成長し、力が増し加わり、知恵に満たされ、神の恵みがその上にあった」(直訳)と、ごく一般的な用語で簡潔に述べられます。福音書はイエスの伝記ではありませんから、福音書記者はイエスの生い立ちにほとんど関心を示しません。
 ここで「誕生物語」は終わります。「ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった」イエスの誕生の次第を物語る物語はここで終わります。しかし、ルカはイエスがどのようにお育ちになったかを垣間見させるエピソード(次の段落)を入れて、イエスの生い立ちについてのこのごく簡潔な記事を補い、三章から始まる本体部へのつなぎとします。

ガリラヤでのヨセフ一家の生活と、イエスの生い立ちについては、拙著『ルカ福音書講解T』126頁の「補説2 イエスの生い立ち」を参照してください。