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まえがき

 本書は、使徒パウロが世界に告知した「キリストの福音」とはどのような内容の告知であったのか、を探求する試みの一つです。著者はさきに「パウロによる福音書ーローマ書を読む」と題する一書を出版しました。ローマ書を「パウロによる福音書」と名づけたのは、パウロがその福音活動の最後の時期に書いたこの「ローマの信徒にあてた手紙」は、パウロが告知した「キリストの福音」の内容をもっとも包括的かつ体系的に提示している文書として広く認められており、筆者もそのような理解で、このローマ書を講解することでパウロが告知した「キリストの福音」を提示することを試みた次第です。

 しかし最近パウロのコリント書簡を読み直して、このコリントの集会に宛てた二つの書簡(第一の手紙と第二の手紙)が、ローマ書以上に生き生きと救済者キリストの姿と働きを証言していることに気づき、コリント書簡によってパウロが異教世界に宣べ伝えた「キリストの福音」をまとめる必要を感じました。現在わたしたちが用いている新約聖書には、最初に置かれている四つの文書が福音書と呼ばれています。すなわちマタイ福音書、マルコ福音書、ルカ福音書、ヨハネ福音書の四つです。この四文書は、十字架につけられて死に、三日目に復活してキリストとされたナザレのイエスが為された事跡、すなわち病人のいやしや目の見えない人を見えるようにするなどの力ある働きと、神の国について語られた教えの言葉を伝える言い伝えを文書にしたものです。

 パウロはイエスの生前、イエスの弟子としてつき従い、その言動と生涯を直接知っている訳ではないので、パウロが復活してキリストとされた方を宣べ伝え、その方を信じる人たちの共同体に書き送った手紙を「福音書」と呼ぶことはありません。しかしパウロのコリント書簡には、復活してキリストとされた方の姿や働き、そのキリストを信じて従う者としての生き方について、自分の復活者キリストとの交わりの体験から、実に多方面にわたり多角的に教えられており、ローマ書以上にパウロが伝えた「キリストの福音」を知る上で貴重な資料となります。

 今回、このパウロのコリントの集会に宛てられた二書簡から、復活者キリストにあって生きるキリスト信仰の姿をこの小著にまとめてみました。先に刊行した「パウロによる福音書ーローマ書を読む」と併せて、読者のキリスト信仰にお役に立つことを願ってお届けします。

   二〇二一年 六月
      京都の古い町並みの中から

                                          市 川 喜 一
 

凡 例

▼ 聖書は「新共同訳」を用います。ところにより、その旨を示して、私訳を用います。

▼ 本書はパウロの「コリントの信徒への手紙」を扱いますので、この手紙からの引用には、書名を明記しないで引用箇所の章節の数字だけを記します。ただし、第一の手紙からの引用には、最初にローマ数字の「T」を、第二の手紙からの引用には「U」をつけます。たとえば、
   (T三・六)は コリントの信徒への第一の手紙の三章六節
   (U七・二五)は コリントの信徒への第二の手紙の七章二五節
 
▼ コリント書以外の新約聖書からの引用は、通例の略称に従います。たとえば、
   (ローマ三・二一)は、ローマの信徒への手紙の三章二一節