市川喜一著作集 > 第24巻 > 第15講

終 章  働きとしての神

はじめに ー 神という用語

人間は「宗教する人間」です。現生の人類は学問的に「ホモ」というラテン語で呼ばれますが、その人間に本性的に備わっている在り方を指し示すのに、たとえば「ホモ・サピエンス」というように、ホモの後ろに現生人類が本性的に行っている行動様式を加えて呼んでいます。人間は確かに「ホモ・サピエンス」と呼ばれるように、生物の中で唯一自分が認識した対象を言葉で表現して、諸対象間の関係を考えることができる生物です。人間は考える知性を持つ生物です。人間は本性的に仲間と一緒になって生きる、すなわち集団で生きる生物であり、社会的動物と言われます。その「ホモ・サピエンス」は「ホモ・ファーベル」(道具を作る人間)、「ホモ・ルーデンス」(自由に遊ぶ人間)でもあります。その中で、人間は「宗教する人間」(ホモ・レリギオースス)と呼ばれるのは、人間が宗教という営みをしないではおれない生物、その本性的な営みとして「宗教する生きもの」であることを指しています。「レリギオースス」というラテン語は「レリギオ」(宗教)の形容詞形ですから、日本語ではよく「宗教的」と訳されますが、「宗教的人間」という訳語では人間の中で直接宗教行事に携わる人とか宗教的傾向の強い人だけを指すように理解されがちですので、すべての人間の本性的な営みを指すために、この形容詞を動詞の分詞形と同じ意味に理解して「宗教する人間」と呼ぶことにします。
ホモ・レリギオーススとしての人間の宗教的な営みは、人間が人間となった太古の昔からあり、国家の成立よりもはるかに古いものです。では宗教的な営みとはどういう行為であるのか、そもそも宗教とは何かについては、本書の第一章「宗教とは何か」で概説しました。人間はその仲間の人間が死んだ時に死者を葬りますが、この葬りが宗教的行為のもっとも原初的な現れです。葬りには人間存在とその生命が単に肉体という物質だけでないことを知っているホモ・サピエンスの行為です。人間は大地から作物を収穫することも、漁や猟で獲物を獲ることも、自分たちの共同体を形成する行為も、隣の集団と付き合うことも、すべて自分たちが日常の生活で体験し理解しているものを超えた働きに依存していることを知り、その人間を超えた働きとか力を崇めて礼拝して、その働きとか力を受けて自分たちの生や共同体を形成し豊かにしようとします。この営みの全体が宗教です。
その際、人間が崇めかつ依存している対象は、実に様々な呼び方をされていますが、先に本書の第一章で見たように、オットーがそれを「聖なるもの」と呼んでまとめて以来、その呼び方が二〇世紀の宗教学において一般的に行われるようになりました。二十世紀宗教学を総括するような位置にいるエリアーデは、その「聖なるもの」が人間に現れる際の現れを「ヒエロファニー」(聖の顕現)と呼んでそれを宗教の本質として、そのヒエロファニーに人類がどのように対して来たか、その人類史的なヒエロファニーの歴史をまとめて「世界宗教史」を書きました。
人間が自分を超える働きを指す時に用いる用語は、それぞれ民族の言語に従って実に多くの言葉があります。その中でもっとも一般的な呼び方が、日本人が「神」と呼んでいる言葉に相当する各民族の言葉です。各民族は自分に現れる「聖なるもの」の働きとか力に対して、「神」に相当する各民族の言葉で呼んできました。個々の働きには個々の名前をつけますので、神々の名は無数に多くなります。しかし神性一般を指す場合は、たとえばセム系の民族であるヘブライ人は、「エール」とか複数形の「エロヒーム」、ギリシア人は「テオス」、ローマ人は「デウス」、インド人は「ブラフマン」、中国人は「天」などと呼んできました。
人間に「聖なるもの」が現れる場合とかその現れ方は実に多様であり、人間はその生の断片的な各場面の中に現れるその多様なヒエロファニーのそれぞれに名前をつけて神として崇めて礼拝してきたので、自然発生的な人間の宗教は多神教にならざるをえません。各民族には漁猟の獲物を与える神、土地の産物を保証する神、出産を助ける神、山や川など特定の土地に現れる神などが、それぞれに名前を与えられて拝まれます。 日本だけでも八百万(やおよろず)の神がいますことになります。しかしその人間集団がだんだんと大きな集団に統合されていく過程で、その各集団の統合原理とされる宗教も統合されて、多くの神々の全体を統合する最高神が出現します。たとえばギリシアではゼウスが最高神となって、多くの神々を妻とか側女とか息子娘として神族の大家族を成立させます。その統合を語り伝える物語が神話となり、民族の統合の土台となります。日本では八百万の神はアマテラスの下に統合されて、その神話(古事記と日本書紀)が古代国家の統合を基礎づけます。
このように「聖なるもの」の顕現を人間は神と呼んで崇めて礼拝してきました。それが宗教です。日本語の「神」という語の語源については諸説がありますが、一番素直な見方は「上(カミ)に立つ」ものの総称とする見方でしょう。神とか神性に対する各民族の呼称にもそれぞれの語源がありますが、ここではそれらの語源は無視して、以上に見たような「聖なるもの」の顕現を指す人間の呼称として、日本語で書かれている本書では、この「神」という語を用いていきます。本書でも以下の論述で「神」という語を多く用いますが、その神という語で指しているのは、名前をつけることができる存在とか実態ではなく、もはや名づけようのない働きそのものであることを各節で語ることになります。



第一節 万物を存在させる働きとしての神

神は在るのか無いのか

宗教を問う問いかけの中で最初に出てくる問いは、「神はあるのか無いのか」という問いです。神はあるとする宗教は有神論、無いとする宗教ないし思想は無神論と呼ばれます。普通宗教は有神論の場に成り立つと考えられていますが、仏教はキリスト教などの有神論宗教が言うような神は無いという立場です。しかし、この「神はあるのか無いのか」という問いはもともと意味がありません。それは神は存在ではないからです。われわれが生きている天地には存在が満ち溢れています。すべてが存在します。その中で、わたしも存在しています。われわれ人間は天地に満ちている諸々の存在に名前をつけて、それらの存在の間の関係を言葉で表現し理解しようとしています。これはホモ・サピエンスの本性的な営みです。
ところが神は存在ではありません。存在であれば名をつけて、他の存在との関係を問うことができます。しかし神は存在ではなく、名前をつけてそのような存在があるか無いかを問うこと、また他の存在との関係を問うことは意味がありません。本来、神は存在ではなく、存在を存在させている働きそのものなのです。実は人間が神と呼んで崇めて礼拝しているものが、一つの存在ではなく、すべての存在を存在させている根底的な働きであることは、すでに聖書の中で示されていたのです。それはモーセが神の名を尋ねた時に与えられた神からの言葉です(出エジプト記三章一四節)。そこでは神は名を尋ねたモーセにこう答えておられます。「わたしはハーヤーするものとしてハーヤーする」。

「ハーヤー」する方

原文は「わたしはハーヤーする」という動詞が二回、「アシェル」という語で結ばれて繰り返されている僅か三語の文です。あえて直訳すると、「わたしはハーヤーする、そのわたしはハーヤーする」ということになるのでしょうか。岩波版の旧約聖書のこの箇所は、「わたしはなる、わたしがなるものに」と訳しています。「ハーヤー」というヘブライ語の動詞は「成る、起こる、働く」というような意味の動詞です。ヘブライ語の動詞は、動作(働き)とその結果の状態が一つに結びついています。起こるとか成るという働きと、その結果としての状態が同時に意味されます。従って、ハーヤーするという働きの結果として「存在する」ことも含まれます。アブラハム、イサク、ヤコブに現れた神は、モーセにその名を、すなわちその本質を一つの動詞で示されます。神とは「ハーヤーする」方、成起する方として働きそのものなのです。しかもその「ハーヤーする」は未完了形であって、その成起する働きが現在と将来にわたる働きであることが示されています。そしてこの「わたしはハーヤーする」という動詞の三人称の使役的な形であるとされる「ヤハウェ」を、永遠にイスラエルの神の名とするように命じられます(出エジプト記三章十五節)。
このまったくヘブライ的な表現がギリシア語に訳された時、ある変化が起こります。前六世紀のバビロン捕囚以後、パレスチナの地以外の地中海諸国に散らばって居住するユダヤ人が増えてきます。彼らは《ディアスポラ》(離散ユダヤ人)と呼ばれます。その地中海世界が前四世紀のアレキサンダー大王の東征によってヘレニズム時代を迎え、ギリシア文化がその世界に君臨するようになります。そのギリシア文化が支配的なヘレニズム世界に、ユダヤ教を優れた宗教であると紹介し、またヘレニズム世界に生きる離散のユダヤ教徒の必要に応えるために、ヘブライ語の聖書がギリシア語に翻訳されます。ユダヤ教によって公式に認められているのは、七十人のラビたちによって前二世紀に訳されたとされる「七十人訳ギリシア語聖書」です。
このギリシア語聖書は、あの出エジプト記三章十四節のヘブライ語を、「わたしは『存在する者』である」と訳しました。ギリシア語では「わたしは《ホ・オーン》である」となっています。《ホ・オーン》はまさに「在る者」、「有る者」です。ヘブライ語の働きとしての神は、ギリシア語では存在者としての神になったのです。その後のキリスト教世界の聖書はほとんどすべて、このギリシア語聖書の理解に従っています。たとえば英語では 「I AM WHO I AM」(NRSV)、日本語では「わたしはある。わたしはあるという者だ」(新共同訳)となっています。神は究極の存在者、すべての存在がそれにあずかることによって存在を得る究極の存在者として理解されるようになります。すべての存在を水とか火というような究極的な存在で説明しようとしたギリシア人は、神を究極の「存在」としないではおれなかったのでしょう。ただ、その存在は「わたしは」と語る存在であるので、男性名詞を示す冠詞をつけて「存在者」としています。しかしイスラエルの民の聖書は、このギリシア語聖書よりも以前に、神を存在者としてではなく、すべての存在を存在させる働きと表現していました。それは聖書のもっとも基本的な神理解として、聖書の冒頭に置かれています。すなわち聖書の冒頭の一文、「初めに、神は天と地を創造された」(創世記一章一節)という一文です。

イスラエルのヤハウェ信仰

天と地にあるものは、すべてが存在です。天地万物とも言います。「神が天と地を創造された」というのは、この天と地に存在する万物はそれ自身で存在しているのではなく、神が存在させたもの、すなわち神が創造したものであるという宣言です。「初めに」というのは、時間の初めにという意味もありますが、一切の出来事の根底として、根源的な出来事を指す場合もあります。ここでは何も無いところになされた神の働きとして、万物を存在させる根底的な働きが語られているのですが、万物の存在とともに時間も始まるのですから、この「初め」は時間の初めをも指すことになります。この天地万物の存在そのものが、創造という神の働きそのものなのです。わたしは、神の創造の働きの結果として地上に存在し、歴史の中を歩んでいる、すなわち生きているのです。わたしが神との関わりを問うとき、そのわたしがいる立場は、創造されたもの、被造物としての立場です。これが人間の根源的な規定です。わたしを在らせるという働き(それが創造です)がなければ、わたしは無いのです。
聖書の冒頭に「初めに、神は天と地を創造された」という宣言があるからといって、イスラエルの民、福音を世界にもたらした神の民が、初めからこの信仰によって生きていたというわけではありません。聖書の成立の歴史からすると、この創造信仰はイスラエルの民の信仰の最終段階で成立した信仰であり、創世記冒頭のこの宣言は、イスラエルの民の宗教の結論ともいうべき宣言です。イスラエルの民の歴史は、実質的にはモーセによるエジプトからの脱出の出来事から始まります。イスラエルの神は最初にアブラハムを選び、その子孫であるイサク、ヤコブらの父祖たちに現れて語りかけ、自分の民として導いてこられました。その民が飢饉でエジプトに逃れ、そこでファラオの支配の重圧に苦しめられたので、モーセを遣わしてその民を奴隷の家エジプトから救出されました。その過程で、先に見たように、ご自分の名をモーセに示して、「わたしはハーヤーする」という本質をその民に刻印するために、以後は「ヤハウェ」という名を使うように命じられました。イスラエルの民とって「神」とはハーヤーする働きそのものであって、その働き以外のどこかにある存在ではありません。イスラエルはその後の歴史をヤハウェなる神の働きの歴史として言い表してきました。
その告白は、ヤハウェが自分たちイスラエルの民をエジプトから救出したという告白です。ヤハウェはイスラエルの民の神、民族の救済者です。他の民族がそれぞれの神を礼拝して、その神の力によって生存し繁栄してきた民族神を持っていたように、イスラエルの民はヤハウェという神をイスラエル民族の神として告白し礼拝してきたのです。旧約聖書学者のフォン・ラートはそのヤハウェ祭儀のもっとも原初的な告白が申命記二六章(五〜一〇節)に見られるとしています。そこに見られるように、イスラエルの民のヤハウェ信仰は、ヤハウェは民の救済と繁栄を保証する神であって、他の民族の神々よりも力強く優れた神であるので、その神の栄光を称え、立派な神殿を建てて、求められる犠牲の供物を捧げて礼拝しておれば、この民の繁栄は約束されているという信仰です。ヤハウェは民族の守護神であり軍神です。ヤハウェ宗教の民として戦えば戦いに勝利し、他の民族に征服されることはありません。ヤハウェは他の神々よりも強い神です。この時期のイスラエルの宗教は、多くの神々の中でヤハウェだけを神として礼拝する「拝一神教」です。この時期に成立したイスラエルの民の二つの偉大な歴史書、すなわち「ヤハウィスト文書」と「申命記歴史書」は、このようなヤハウェ信仰の精神で書かれています。

バビロン捕囚による変革

ところがそのイスラエルが異教の民に征服されて、捕囚の民として異教の神が支配する国バビロンでその存在を続けなければならないという悲運に陥ります。このバビロン捕囚の体験がイスラエルの宗教を変えます。ヤハウェはもはやイスラエルの民に救済と繁栄をもたらす民族神ではありえません。ヤハウェは異教の神に敗北したことになります。イスラエルの民はその拠り所を失います。そのバビロン捕囚の前後の時期にイスラエルの中に現れた預言者たちの激しい言葉によって、イスラエルは新しい信仰、新しい宗教に深められて希望を取り戻します。そこで起こった変化は人類の宗教史上、極めて重大な変化となります。その亡国の体験、自分たちの民族神の喪失体験を通してイスラエルは、民族の利害を超えてすべての民族の中にご自分の意志を貫く普遍的な神を知るに至ります。一民族の救済とか繁栄のために働く神ではなく、すべての民を支配し、その意志を貫く絶対的な支配者への信仰へと深められます。神は唯一であって、すべての民を偏り見ることなく支配される絶対的な主体であることを知ります。神は滅ぼそうと思う者を滅ぼし、高く上げようと欲する者を上げられます。たとえ長年その導きの下にあってヤハウェの民とされていたイスラエルの民でも、その御心に適わない場合は裁き、異教の王であってもご自分の意志の実現のためには高く上げてお用いになります。イスラエルはこのバビロン捕囚の体験によって、それまでの拝一神教から唯一神教に深められます。多くの神々の中でただヤハウェだけを礼拝して聴き従う宗教から、人類の上にはただ一人の神だけがいまし、すべての民を支配されます。すべの民はその神に聴き従うという宗教に変わります。
その変化は捕囚の前後の時期にイスラエルに現れた預言者たちによって起こりました。預言者というのは、神の霊によって神がその民に語られる言葉を受け、その言葉を伝えるために神から民に遣わされた者を指します。預言者こそ「ハーヤーする者」ヤハウェの働きの代表的な事例です。イザヤに代表される捕囚前の預言者たちは、イスラエルがヤハウェに選ばれたヤハウェの民でありながら、ヤハウェに背いているという罪を弾劾し、ヤハウェに立ち帰るように呼びかけました。しかし民がその声に従わず、神の裁きを身に招いて捕囚の悲運に陥り、拠り所を失って絶望していたときに、そのヤハウェは背く自分の民を裁いたが、同時にその民の背きを赦して民を回復する神であること告げ知らせて、民を励ました預言者が現れました。その無名の預言者は、その預言集が後にイザヤの書の一部(四〇〜五五章)に組み込まれたので、「第二イザヤ」と呼ばれることになります。実はイスラエルの民が赦されてエルサレムに帰還して、ヤハウェを礼拝する神殿を再建したとき、その貧しい民を励ました預言者が「第三イザヤ」と呼ばれて、その預言がイザヤ書の最後の部分(五六〜六六章)となります。こうしてイザヤ書は、捕囚の前、その最中、捕囚後の時期の預言を一書にまとめた預言書として、イスラエルの預言を代表することになり、後にユダヤ教がその聖典の文書を展示する「書物の神殿」を建てたとき、イスラエルの聖典を代表する展示文書となります。この第二イザヤと呼ばれる捕囚期の預言書は、まさにイスラエル宗教の最高峰となります。イスラエルはその歴史のどん底でその霊性の最深部に達したと言えます。モーセに始まったイスラエルのヤハウェ信仰は、捕囚期の預言者によって深化し変容します。

創造信仰の成立

この第二イザヤの預言を要約すれば、ヤハウェを創造と贖いの神として告知することです。捕囚によって、それまでのヤハウェ信仰は破綻しました。ヤハウェを信じて将来に希望を持つためには、ヤハウェはイスラエルだけではなく、イスラエルを滅ぼした帝国も含めて、世界の万民、いや地の果ての創造者、支配者でなければなりません。この預言者を通して自身を示す神は、自分を世界のすべての民を創造し、支配し、導く神、地の果ての創造者として示されます。第二イザヤの預言のもう一つの焦点は、ヤハウェはイスラエルを「贖う者」であるという告知です。贖うという言葉は、戦争で捕虜になったり、奴隷として売られて自由を失っている者を、身代金を払って取り戻すことを指します。それをする資格は、捕虜とか奴隷の身内とか親族が持っていました。ヤハウェは預言者を通して、自分を捕囚となっているイスラエルの民を「贖う者」として取り戻す(救い出す)と宣言しておられるのです。その資格は、ヤハウェこそイスラエルを造った者、イスラエルを神の民として存在させている者であるからです。ヤハウェは、イスラエルを造った者であるから贖う者であると宣言されるのです。この預言者においては、ヤハウェは創造者であり同時に贖う者、救済者です。創造者であることと救済者であることが一体です。
オリエントの地域を支配しイスラエルの民にも勝利して捕囚としていたバビロンも、次に興ったペルシャの王キュロスによって滅ぼされます。そのキュロス王の布告によって故国に戻ることを許されたイスラエルの民の一部は、エルサレムに戻って、破壊されていた神殿を再建します。その第二神殿でヤハウェの救済を告白して献げる感謝の告白文が、ネヘミヤ記九章(六〜三一節)にありますが、それを捕囚前に用いられていた申命記二六章(五〜一〇節)の原初の告白文(前出)と比べると、捕囚後の告白文には原初の告白文にはなかった天と地、その中に満ちている万物の創造者としての「主」が崇められ、その主の働きとしてのイスラエルの民の救済の歴史が詳しく告白されています。イスラエルの民は捕囚の体験を通して、エレミヤや第二イザヤの預言によって、自分たちの神が天地万物の創造者であることを知り、その創造者の働きとしてイスラエルの歴史を感謝をもって言い表すことができたのです。
この捕囚後のイスラエルの信仰告白を、第二神殿の祭司たちが統合してヘブライ語の聖書を形成したとき、その冒頭に「初めに、神は天と地を創造された」という宣言を置きます。この宣言文の主語は、《ヤハウェ》ではなく《エロヒーム》です。《エロヒーム》が天と地を創造した、すなわち天と地に満ちるすべての存在を存在させたのです。ヤハウェはモーセを遣わしてイスラエルの民をエジプトから救出した神、イスラエル民族の神でした。しかしバビロン捕囚によって、多くの神々の中の一人の神であるヤハウェではなく、世界にはただ一人の神、地の果てを創造した神、天と地の万物を存在させている働きは唯一であることを深く知ったイスラエルは、もはや万物を存在させている働きをヤハウェと呼ぶことはなく、別の言葉、古くから広く人間の理解を超えた神性を指す《エロヒーム》を使います。古代民族の一つとして、イスラエル民族にも創造神話があります。そこではヤハウェが土の塵で人間を創り、それに自分のいのちの息を吹き込んで人間を生きた者にして、エデンの園に置いたという神話があります。祭司たちはその古いイスラエル神話も創世記の二章(四節以下)に置いていますが、その前に捕囚以後のイスラエルが到達した創造信仰を宣言する文(創世記一章一節)を置き、その天と地の創造を捕囚後のユダヤ教が重視した安息日の定めを根拠づけるために、《エロヒーム》が六日間働いて天と地のすべてを創造し、七日目に休まれたという祭司的創造記事(創世記一章一節〜二章三節)を置きます。第二神殿の祭司たちがそれまでの、イスラエル民族の歴史書を編集してユダヤ教の聖典となるヘブライ語聖書を産出したとき、当然彼らはイスラエルの民が生み出していた二つの偉大な歴史書(ヤハウィスト文書と申命記史書)を用います。そこでイスラエルの民のために働くのはヤハウェです。従って、祭司たちが編集完成した聖書は、創造記事以降すべての物語に《ヤハウェ》と《エロヒーム》という二つの呼び方が混在することになります。この二つの神の名の混在が、聖書の成立過程の歴史を探求する際の最初の手がかりになったのは、聖書(旧約聖書)研究の歴史において顕著な事実です。

創世記一章一節に宣言されている創造信仰は、イスラエルの宗教史の最初からあった信仰ではなく、イスラエルが長い歴史の最後に到達した到達点であることは、拙著『教会の外のキリスト』一九一頁以下の福音講話「七 創造の福音」を参照してください。そこで述べたように、その創造信仰が新約聖書の復活信仰の基礎になっていることも、この終章「働きとしての神」の重要な一面です。

神は存在(有)か非存在(無)か

天と地には存在が満ちています。天とは地の上の方にある空ではなく、目には見えない霊的諸存在の世界です。地とは物質界の諸存在の世界です。古代人が、そして聖書が「天と地」というときの天とは霊界の諸存在、地とは物質界の諸存在です。たとえばギリシア人は地の上にお椀を伏せたように天がかぶさっており、その天すなわち霊界は七層とか八層に分けられており、それぞれの層に支配者がいると考えていました。そのような天と地の構成は新約聖書の中にも垣間見られます(コリントT一五・二四など)。パウロが「第三の天」にまで引き上げられたという体験を語るとき(コリントU一二・二)、このような天の構造を前提にしています。神は存在ではなく、その霊界の諸存在も物質界の諸存在もすべて存在という存在を存在させている根底の働きであると理解するとき、神はあるのか無いのか、神は一つの存在であるのか非存在(無)であるのかという議論は成り立たなくなります(一切の根底を無であるとする仏教との比較は、附論の「福音と仏教」で取り上げる予定です)。存在の中に神を見つけることはできません。すべての神の存在証明は無意味です。天地万物の存在は証明するまでもない事実です。それが存在するという事実が、それを存在させている根底の働きとしての神を指し示しています。何よりもわたしがここにいるという事実が、神の働きの現れです。わたしたちはすべて被造物として存在します。
わたしたちが神との関わりを考えるとき、何よりも根本的な関係は、わたしたちを存在させている働きと存在させられている者との関係、すなわち創造者と被造物の関係です。被造物は創造者に対して、どうしてこのように造ったのかと問うことはできません。それはイスラエルの預言者エレミヤが陶器師が陶器を造るのを見て悟ったことでした(エレミヤ一八・一〜六)。陶器師は自分の作品を尊い用途に使うことも卑しい用途に使うこともできます。床の間に飾って愛でることもできますし、打ち壊して捨てることもできます。わたしたちがわたしたちを存在させている働きとの関係を考えるときに、第一に登場するのは、存在させられている者(人間)が存在させている働き(神)に対してもつ感情、被造物感情です。ここで感情というのはもっとも深い意識というか、自分の全存在を揺り動かす根底的な感情です。それが宗教心の最初の現れです。本書の第一章「宗教とは何か」で見たように、シュライエルマッハーはそれを「絶対依存の感情」と言いました。オットーはそれを「被造者感情」としました。イスラエルの民はその神ヤハウェの前に生きる長い歴史の体験、とくにバビロン捕囚という悲痛な体験を通して、その関わり方を理解するに至ったのです。それがユダヤ人の基本的な感情となり、彼らの聖書の冒頭にそれを宣言することになりました。

神の無名性

以上に見たように、神は存在ではなく働きです。それは「わたしは」と言って人間に働きかける主体です。その主体を本書では神と呼んで議論を進めます。神は「わたしはハーヤーする」と言って自身を啓示し、自分がハーヤーした天と地の万物にその働きの姿を示しています。天と地の万物は、神の働きの姿です。この理解は、天地万物が直ちに神であるとする汎神論ではありません。天地の万物を存在させている働きの全体、根底の働きを神と呼んでいるのです。このように神を天地の万物を存在させている根底の働きと理解するとき、その神に様々な名前をつけて、名前によって一つの神と他の神を区別するというようなことはできなくなります。
神に名前をつけて区別するのは、神を何らかの意味で存在と理解しているからです。存在であれば、ある存在に名前をつけて、違う名前の他の存在と区別することができます。それが究極の唯一の存在とされるときも、それを各民族が自分の言葉で呼んで、各国語でその究極の存在者を指すときには、違う存在者と意識されて区別されるようになります。唯一の神を信じるユダヤ教と、そのユダヤ教から出たキリスト教とイスラム教は、みな一神教とい呼ばれていますが、それぞれの神をユダヤ教徒はヘブライ語でヤハウェと呼び、キリスト教徒はギリシア哲学の用語で三位一体の神とし、イスラム教徒はアラビア語の名前でアラーの神と呼んでいますので、それぞれを違う神として互いに排斥しあうようになります。これはすべての存在を存在させている同じ根底の働きとしての神を、ある一つの存在として他の名で呼ばれる存在と区別するところから起こる対立です。その対立は唯一の働きである神を存在とする誤解から生じています。各宗教はそれぞれの名で呼ぶ神を究極の存在としていますので、他の存在を認めることができず、排他的になります。よく一神教宗教は排他的であると非難されますが、それはそれぞれの唯一神に自分の言語で名前をつけるからで、唯一の同じ働きとしての神には本来名前がありません。この事実を理解して、神に名前をつけることなく、同じ究極の働きの中にあることを理解しておれば、お互いの対立と排斥はありえません。
もし「神」という用語(およびそれに相当する各国語の用語)を、人間の理解を超えた非日常的・非俗世界的な働き、宗教学が「聖なるもの」と呼ぶ働きの顕現を指すとして用いるならば、聖書がその冒頭で天地万物を存在させている根底の働きを指すのに、イスラエル民族固有の神ヤハウェではなく、一般的な神に相当する《エロヒーム》を用いた理由も分かります。本書でも、神の無名性を前提にして、「神」をこの天地万物の存在を存在させている根底的な働きを指す用語として用いて議論を進めます。
本書では、神は働きとしての神を指しています。この「働きとしての神」は「神の働き」という表現と微妙に違います。「神の働き」の神学は、これまでの神学がそうであったように、神と呼ばれる究極的な存在を措定して、その存在者である神の働き方について語る神学です。それに対して「働きとしての神」の神学は、ある究極の存在を措定することなく(この点は仏教と通じる面があります)、働きそのものの働き方について語る神学です。それがどのようなものになるのかは将来の課題ですが、この終章「働きとしての神」で素描してみたいと願っています。

本来神には名前がないこと、すなわち神の無名性と、その主張の根拠となる聖書独自の神観について、より正確には有賀鉄太郎『キリスト教における存在論の問題』の第一部第五章「神の無名性について ー 特にフィロンについて ー」と、次の第六章「有とハーヤー ー ハヤトロギアについて ー」の二章を参照してください。とくに第六章で展開されている聖書の神観における「ハヤトロギア」は重要です。聖書の神は、モーセに現れた神が示されたように、「ハーヤーする方」です(前述)。この第六章ではハーヤーする方を語る語り方(ロギア)が「ハヤトロギア」と呼ばれているのですが、キリスト教がヘブライの神のハヤトロギアと、存在《ト・オーン》の学としての存在論《オントロギア》に立つギリシア思想の総合として成立した以上、キリスト教はハヤトロギアだけでなく、オントロギアの場所も確保する必要があるという精密な議論がなされています。しかし本書『福音と宗教』は、キリスト教以前の福音の告知活動における福音の本質について探求したいと願っていますので、働きとしての神、ハーヤーする神の働きについて語ることになり、ハヤトロギアがその語り方の主要部分を占めることになると思います。これからの神学には「働きとしての神」について語ること、すなわちハヤトロギアがますます重要になると考えられます。
 その方向にある神学として、一九三〇年代のアメリカにプロセス神学と呼ばれる神学が起こってきます。わたしはとくにプロセス神学を勉強したわけではありませんから、それを紹介する資格はありませんが、ある神学辞典によると、「基本的カテゴリーとして、実体(substan-ce)とか存在(being)などを用いず、出来事(event)、生成(becoming)、関連性(relatedness)などをおもに用いる神学は、どのようなものであっても、広い意味ではプロセス神学と呼ばれてもよいであろう」ということになります。この説明に従うと、神を存在としてではなく、働きとして、ハヤトロギア的な語り方をする本書の神学も「広い意味でのプロセス神学」ということになります。この神学辞典によると、このプロセス神学の思考は「仏教が体験の流れの背後に静的な実体のようなものはないと教えたように、古代の思想のうちに前例を見出すことができる」ということになります。

父よ! ー イエスにおける神

福音書を見ると、地上のイエスは神に呼びかける時にはいつも、「父よ!」と呼びかけておられたと伝えられています。イエスはあまり人前では祈られなかったようで、好んで人目につくように会堂や大路で祈るユダヤ教の指導者たちを偽善者として批判しておられます(マタイ六・五)。イエスは人里離れたところで祈り(ルカ五・一六)、弟子たちにも人目につかない隠れた所で祈るように教えておられます(マタイ六・六)。まれにイエスが祈っておられる場所に居合わせた弟子たちが、イエスの祈りを耳にして、それを伝えている箇所があります。その中でとくに重要な事例は、最後の夜に弟子を連れてゲツセマネの園で祈られた祈りです。そこでイエスが「アッバ!」と神に呼びかけられたことが伝えられています(マルコ一四・三六)。福音書はギリシア語で書かれており、イエスが語られた言葉もすべてギリシア語で伝えられていますが、この祈りの時のイエスの切実な祈りの呼びかけだけは、イエスが日常用いておられたアラム語がそのまま伝えられることになります。おそらくその声を聞いた弟子たちの耳と心に深く刻み込まれて、ギリシア語で福音を伝えた弟子たちも、その時の師イエスの肉声は忘れがたく、聞いたままを伝えたのでしょう。これはイエスの肉声です。イエスは日頃祈るときはいつも、「アッバ!」と神に呼びかけておられたと考えられます。弟子たちに祈りを教えるときも、「アッバ!」と神に呼びかけるように教えておられます(ルカ一一・二)。
これはユダヤ教徒の間では当たり前のことではなく、極めて珍しいことでした。当時のユダヤ教の祈りが様々の文書に伝えられていますが、たとえばユダヤ教の会堂で公式に祈られる十八祈願は、神への呼びかけとしてユダヤ教の教義を表現する多くの呼びかけの名が羅列されています。イエスはそのような存在としての神がもつ多くの属性を羅列するのではなく、自分に働きかける働きの主体に対して、その愛の働きに応えて呼びかけられます。その際に、愛されている子が親に対して、愛と信頼を込めて呼びかける「お父さま!」という語を用いられます。この「アッバ!」の一語が説明的なギリシア語の「お父さま」をつけて伝えられ、「アッバ、父よ!」という祈りが最初期の福音共同体で用いられるようになります(ローマ八・一五)。「父よ!」と言われているからといって、神を男性とイメージするのは、神を存在者として、しかもそれを人間のイメージで考える誤りです。神は働きそのものですから、男性とか女性の区別はありません。神を男性とイメージすることが適切でないように、神を女性とイメージすることも適切ではありません。「父よ!」という呼びかけはあくまで、愛をもって働きかける人格的主体に対する子としての愛と信頼の応答の表現です。
イエスは生まれてから死に至るまで、一人のユダヤ教徒として聖書信仰の世界に生きられました。ユダヤ人がその長い歴史の中で形成し、聖書という形で表現されている神信仰に生きておられました。その聖書の神がどのような神であるかは、本書第一部の第二章第一節の「聖書の神」で述べました。とくに最後の項目「V 聖書の神の特質」で述べた神を、イエスは生涯信じ抜かれ、その神に「アッバ!」と呼びかけて、自分の生涯をその方に委ね切って、その方の意思を行うことだけを願って生き抜き、そして死なれました(マルコ一四・三六)。そのような生涯として、地上のイエスの生涯は、聖書の成就、働きとしての神に合わせられた人間のモデルとなります。わたしたちキリストに属する者は、キリストとしてのイエスの生涯とその言動に、働きとしての神に委ねて生きる人間の原型を見ることになり、真剣に福音書に伝えられたイエスの言動を学び、イエスに従うことになります。