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第六章 現代の宗教問題 ― 宗教の多元化と世俗化

はじめに

 本書「福音と宗教」では第一部「諸宗教から福音へ」で、「聖なるもの」の経験を大切にして、その追求と維持のための人間の営みである宗教の実態を、二〇世紀の代表的な宗教学者たち(ほとんどはキリスト教の神学者たち)の研究を第一章「宗教とは何か ― 宗教学の視点から」でみてきました。そして第二部の「福音の場から見た諸宗教」では、第五章「宗教の神学」でその宗教を神学の対象として論じた、これも二〇世紀の指導的神学者たちの「宗教の神学」をみてきました。その後を承けて、二一世紀に入った時期のわれわれが現代の宗教的状況を神学的にどのように理解し対処しなければならないかを、本章でまとめておきたいと思います。本章は第五章の後に置いてありますが、第一章を含めてこれまでの議論の全体をまとめて、著者なりの宗教の神学を(それが神学という名称に値するかどうかは別として)述べて、キリストにある者の宗教に対する理解と姿勢についての思いをまとめておきたいと考えています。その前に、現代の宗教的状況についての考察が必要かと思いますが、その状況を本章の標題に掲げました「多元化と世俗化」という二つの焦点に絞って考察を進め、現代の宗教的状況の特質を理解するように努めたいと考えています。



第一節 宗教の多元化

宗教多元化の意味と宗教史における実態

 宗教の多元化というのは、世界には数多くの宗教があるという意味ではありません。宗教は人類史のはじめから無数にあり、もし宗教が数多くあることを宗教の多元性というならば、それは原始の時代から今日にいたるまでの宗教史の通例です。ここで宗教の多元化というのは、本来宗教は一つの人間共同体には一つの宗教があって、その一つの宗教が一つの共同体を形成するのが通例であるのに、一つの共同体に複数の宗教があって、その複数の宗教が一つの共同体の中で相互に多様で複雑な関係で関わり合うときの姿です。現代における宗教の多元化の実態を見る前に、これまでの宗教史における宗教の多元化の姿を瞥見しておきましょう。
 人間はまったく一人で孤立しては人間として生きていけないように、人間の共同体もまったく孤立して単独で存続していくことはできません。友好的か敵対的かは様々ですが、一つの共同体は他の共同体との関わりの中で存立していくことになります。その時その共同体は接触する他の共同体の宗教と関わることになります。その関わり方は、全面的に相手の宗教を否定して排斥する姿勢から、全面的に受け入れて自分の宗教と融合するという行き方までの両極端の間に、実に様々な段階の関わり方が出てきます。自分の共同体の中で接触した他の共同体の宗教を排撃する仕方の極端な形は迫害です。他の宗教の信徒に対して共同体の成員としての資格を制限するとか追放する、あるいは殺害するという極端な形で迫害します。他方、自分の宗教と外来の宗教が融合して一つの宗教になる場合は宗教混淆(シンクレティズム)と言われますが、この宗教混淆にも様々な程度と形があります。異なる宗教の間の関わり方は宗教学の興味深い主題ですが、ここでは深入りはできませんので宗教学の専門書に譲り、一つの実例だけを取り上げておきます。
 ローマはその発足当時は地中海世界の一つの小さな都市国家(ポリス)でした。先に見たように、古代の都市国家はきわめて宗教色の強い共同体でした。クーランジュの古典的名著『古代都市』が明らかにしたように、もともとギリシア人の宗教は家族や支族の祖霊を祭って共同体の安泰と繁栄を保証する宗教でした。その支族や部族の祖霊祭祀が合同して、祭祀共同体としての都市国家(ポリス)が生まれます。ローマもそのようなポリスの一つでしたが、強大な軍事力と巧みな外交で支配権を拡大し、ついには地中海世界を支配する大帝国を形成します。しかし、祭祀共同体としての性格は変わることなく、政治的支配者である皇帝はつねにその祭祀共同体の大祭司を兼ねます。ローマ帝国は支配下においた都市や民族の宗教を、それぞれの状況に応じて排斥したり受容したりしますが、基本的にはそれぞれの都市や民族の宗教を尊重して自分の中に取り込み、萬神殿(パンテオン)を形成します。ローマ帝国の諸都市には様々な宗教の神殿が並び立つことになり、ローマ帝国は宗教の多元化を経験し、一種の宗教混淆が起こります。しかし、一方ローマという都市国家的祭祀共同体としての性格は変わらず、ローマ市民はローマの国家祭祀を行う限りにおいて市民としての資格を認められ、外来の宗教の信者でもありえました。
 そのような比較的寛容な宗教政策の下にあったローマ帝国内で例外をなしたのがユダヤ教です。ユダヤ人(ユダヤ教徒)は自分たちの宗教の神以外の神々を偶像礼拝として厳しく拒否し、ローマの国家祭儀に加わることも拒否しました。このような宗教共同体は本来帝国内では認められないのですが、政治的な理由から合法宗教(レリギオ・リキタ)と認められて、国家祭儀や兵役への不参加を認められていました。このローマ帝国の社会にキリストの福音が告知され、キリストを信じる者たちの共同体が形成されたとき、はじめのうちはキリスト者共同体はユダヤ教の一派として合法宗教であるユダヤ教の庇(ひさし)の下で存続することができました。しかし、キリスト信仰共同体がだんだんと体制を整えてキリスト教会となり、ローマ社会にユダヤ教とは別のキリスト教という新しい宗教をもたらしたとき、ローマの国家宗教に参加しない宗教に対する反感はキリスト教徒への迫害となって現れるようになります。迫害に屈せず信仰を貫いたキリスト教会の力に帝国の統一と存続を委ねたローマ帝国は、ついにキリスト教を公認し、帝国の国教とするに至ります。こうして成立したキリスト教ローマ帝国は、西方が滅んだ後も東方で千年の長きにわたって存続することになります。このようなローマ帝国の歴史は、宗教の多元化を抱えた共同体が諸宗教間の力動的な関わりによってその歴史が形成される実例として(もちろん政治的経済的要素なども含まれますが)、きわめて興味深いものです。

都市国家ローマの祭祀共同体としての性格については、拙著『福音の史的展開U』652頁の「ギリシア・ローマ世界における宗教」と、それに続く「ローマ帝国社会におけるキリスト教」の二つの項を参照してください。なお、ローマ帝国におけるキリスト教徒への迫害について詳しくは、同じく拙著『福音の史的展開U』の231頁「V ローマ帝国社会における迫害」を参照してください。

 このような一つの共同体が複数の宗教を抱え込むことでその共同体の歴史が形成されるという、宗教多元化から生じる力動は宗教史上数限りなくあります。それは第一章で紹介したエリアーデの『世界宗教史』を開けば、いたるところで見ることができます。わたしたちに身近な日本の宗教史はその典型的な実例の一つです。日本古来の神々を祭る宗教が広く行われ、その神々への祭祀を統合して支配を確立した天皇制国家に仏教が渡来したとき、その新しい宗教を受容するか排斥するかをめぐって激しい争いがありました。しかし、いったん受容が決まると、日本古来の神々の祭祀の大祭司である天皇自身が仏教に帰依して、「神仏習合」と呼ばれる独特の宗教混淆が行われ、それが現代まで続くという宗教史上きわめて珍しい宗教多元化現象の実例が見られます。しかし、この日本の宗教史はここでは詳しく扱うことができませんので、ここでは宗教多元化の実例の一つとしてあげるにとどめます。宗教史上の実例はこのぐらいにして、現代において「宗教の多元化」と呼ばれる現象の内容とその特質を見ておきたいと思います。

現代の宗教多元化

 現代における宗教の多元化は、これまでの宗教史上に現れた多くの宗教多元化とは様相が違ってきています。その第一は、これまでの歴史的な宗教多元化が地域的・局所的であったのに対して、現代の多元化は全世界的であり、地球規模の多元化になっていることです。この事実はたんに空間的な広がりの違いではなく、その内容とか性質の違いを含んでいます。これまでの歴史上の多元化は、ローマ帝国の場合のようにその領域がいかに大きくても、なおその外には異なる体制とか文化圏があって、その中での宗教多元化はあくまでヘレニズム世界という一つの限られた共通文明圏での多元化の問題でした。それに対して現代の宗教多元化は、もはや一つの限られた地域とか文明圏内部での多元化ではなく、その外には別の地域とか文明圏がもはや存在しない、人類共同体全体での多元化問題になっているという事実です。人類はその宗教史においてこれまで局所的にそして断片的に体験してきた宗教多元化の問題に、現代において全面的に、そして最終的に直面しているのです。多元化から生じる諸問題の解決が、一地域とか一文明圏の統合の問題ではなく、人類共同体全体の統合という最終課題を背負っているのです。
 このような状況が生まれたのは現代における科学技術の急速な発達により、全世界の様々な地域や民族や文化が否応なく緊密な関係に置かれ、孤立して単独では存立し得なくなり、世界的な網の目の一つとして生きていかなければならなくなったからです。いわゆるグローバリゼイション、地球規模化の結果です。とくにインターネットなどに見られる通信技術と交通の分野における発達が著しく、政治や経済の面でのグローバリゼイションを促進し、それが国民や民族間の緊密な関わりを生み、宗教問題でも否応なく関わらざるをえない状況を生み出しています。現代ではイスラム教内のスンニ派とシーア派の宗教的対立に全世界が関わらなければならない状況です。これまでは宗教の多元化から生じる問題はその宗教圏だけの問題でした。しかし現代では人類の問題として関わらなければならなくなっています。しかもイスラム教とかユダヤ教とかキリスト教とか仏教というような体制的な諸宗教だけでなく、世俗化した世界で宗教的な運動となっている各種の疑似宗教、すなわち民族やイデオロギーを絶対化して宗教的な性質をもつにいたっている各種の運動なども含めて、現代の人類は多元化した宗教による諸問題を克服して交流と統合を目指さなくてはならないという課題を背負っています。この時代に宗教にかかわる者は、課題の性格を正当に理解して当たるべき責任を負っています。
 現代の宗教多元化のもう一つの特質は、それが宗教原理主義の克服という課題を負っているという点です。これまでは宗教多元化により生じた諸問題は、対立する諸宗教間での内容と力関係の問題でした。対立する宗教を排斥するか受容して包摂するか、どのような形で融合するかというようなお互いの姿勢の問題でした。これまでの宗教史の実例が示しているように、多元化の克服は排撃であれ受容・包摂・混淆であれ、一つの共同体が受け入れることができる一つの内容の宗教を形成することでした。ところが現代の宗教多元化は先に見たように地球規模化し、最終的な解決を迫っています。それぞれの民族や文明圏で育ってきた生き物である宗教を、そのあまりにも異なる根あるいは土壌から引き抜き、その具体的内容を捨てて抽象的な統一原理で統合することは不可能です。また、そのようなことはすべきではありません。そのような形で形成された宗教は根無し草に過ぎず、人間の生の基盤とはなりえません。それは人為的に造られた言語であるエスペラントが一つの民族の生きた言語になりえなかったのと同じです。現代の地球規模の宗教多元化から生じる諸問題の克服は、諸宗教の内容を抽象的に統合することによってではなく、あるいは宗教そのものを無力にして世俗化の方向に求めるべきではなく(この点については次節の「第二節 世俗化の問題」で)、生きた諸宗教の深みにおける交流と、そこでの人間の宗教性そのものの回復、そのことによる人間の生に対する基盤の提供に求むべきであると考えます。

「宗教の深み」という表現はティリッヒがよく用いています。各宗教の象徴や祭儀の根底にある現実、その宗教を宗教たらしめている根源とでもいうべき地点を指しています。ティリッヒは「深み」という表現をよく用いており、宗教は芸術や思想などと並ぶ精神活動の一分野ではなく、すべての精神活動の深みにおける出来事であるとしています。それで文化の一分野を形成する狭義の宗教についても、その深みに人間の真の宗教性の基盤を確立することを目指して「宗教の深み」ということを強調するのだと思われます。

 そのために必要なことは各宗教における原理主義の克服です。各宗教が原理主義に立つ限り、宗教の深みにおける交流は成り立たないからです。ここで原理主義というのは、自分の宗教の諸規定、すなわち祭儀や教理や戒律や象徴などの諸表現を絶対化して、それに全面的に従うことを要求する姿勢です。宗教的諸規定を絶対化し、それに反する一切を拒否する姿勢です。宗教(狭義の宗教、体制宗教)には大なり小なり程度の差はありますが、この原理主義的傾向があります。この宗教の自己絶対化の体質が宗教の排他性を形成し、絶え間ない宗教間の紛争を引き起こします。この姿勢が極端になり過激になると、暴力や武力闘争に訴えて自己の主張を貫こうとします。宗教の原理主義的闘争ほどやっかいな紛争はありません。人類は宗教なしにはやっていけません。しかしその宗教の原理主義的体質から出てくる血なまぐさい紛争に悩まされ続けてきました。ティリッヒが言うように、「宗教は人類の栄光であり、同時に恥辱である」ということになります。
 この宗教の原理主義的体質、言い換えれば自己絶対化の体質はどうすれば克服できるのでしょうか。その克服のための戦いは宗教史上で三つのタイプあるいは方向が見られます。第一のタイプは神秘主義的な方向です。「聖なるもの」は何か地上の具体的な事物において、それらを媒介として自己を現します。その「聖なるもの」の経験が宗教を生み出すのですが、そのさい「聖なるもの」の顕現の媒介となった具体的事物を絶対化する人間の性向によって、宗教の自己絶対化が起こります。その媒介となっている具体的事物の世話にならないで、瞑想とか苦行の中で直接「聖なるもの」を体験しようとする方向が神秘主義的方向です。宗教の具体的諸装置の世話にならないのですから、その絶対化は克服されます。しかし、この方向で「聖なるもの」、根源的なものに到達できるのはごく限られた少数者であり、一般の大衆が必要とする宗教的装置は軽蔑され無視されますが、それらを批判し改革する動きは出てきません。この神秘主義的方向はユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの西方の諸宗教にも見られますが、とくにインドを源流とする東方の諸宗教に多く見られます。仏教もその方向を目指したところから生まれた宗教でしょう。
 第二の方向は、イスラエルの預言者たちに見られる宗教的装置、とくにその代表的なものである祭儀に対する激しい批判です。これは本書の序章、とくに「イスラエル預言者の宗教批判」の項で見たように、捕囚期前後に輩出したイスラエルの預言者たちは、民の宗教そのものであるヤハウェを祭る諸祭儀を、ヤハウェが嫌われる無益無用のものとして厳しく批判しました。彼らの祭儀に対する激しい批判は、民の宗教自身に対する批判とされて、預言者たちは迫害されました。この預言者による宗教装置絶対化への批判はキリスト教,特にその中のプロテスタンティズムに受け継がれることになります。宗教の自己絶対化は宗教の体質のようなものですから、その克服は一度で終わるものではなく、繰り返し行われる必要があります。一つの宗教となったキリスト教の歴史は、宗教自身がもつ自己絶対化への傾向と、それを克服しようとする預言者的方向の改革が繰り返される歴史となります。われわれはこの歴史から学ぶ必要があります。
 第三の方向は、宗教そのものを無視することによって宗教の自己絶対化からくる紛争や混乱を克服しようとする方向、すなわち世俗化の方向です。この方向は近代に入って、とくに啓蒙主義の興隆によって促進されました。この方向は「現代の宗教問題」で重要な主題となりますので、節を改めて次の「第二節 世俗化の問題」で詳しく扱うことになります。その前に、現代の宗教多元化の現実が神学に課した問題を、 ― それは一応前章「宗教の神学」で見たところですが ― ここでまとめておきたいと思います。

宗教多元化の神学的意義

 現代における宗教多元化の実態については、第一章の結び「問題の所在」の「宗教の多元化と世俗化の問題」(一〇七頁以下)でごく簡単に見ました。一つの都市にイスラム教徒や仏教徒や他の宗教の人たちが生活していて、彼らの宗教の施設、すなわちイスラム教のモスクや仏教の寺院が建ち並ぶという光景は、これまでキリスト教徒だけで暮らしてきた欧米のキリスト教国の人たちにとってはまったく新しい事態でした。もっともユダヤ教のシナゴーグは各地にありましたが、これは例外です。実際の社会生活でも、他宗教の人たちをどう扱いどう付き合うのかが問題になってきました。この事態はキリスト教会とキリスト教神学者にこの新しい事態を神学的にどう意義づけて理解するかという問題を突きつけました。欧米のキリスト教諸国はすでに近代の初めから世界的な宣教活動を通して他宗教の実態に触れており、他宗教についての知識も蓄積されていました。「キリスト教と諸世界宗教との出会い」が問題となり、その中でトレルチ以来「キリスト教の絶対性」が真剣に考えられてきました。しかしそれは遠い国の宗教のことであり、大学の神学者たちの問題であり、まだ身近な問題ではありませんでした。それが現代になって身近な日常の問題になってきたのです。この宗教の多元化を差し迫った具体的な問題として神学や哲学の問題として取り上げる神学者や宗教哲学者が現れるのも自然の流れです。この問題についての論争を代表するのは、二〇世紀後半に活躍した英国の宗教哲学者ジョン・ヒックとみてよいでしょう。
 ジョン・ヒックの『宗教多元主義』(John Hick, Problems of Religious Pluralism)は一九八五年に出ています。宗教多元主義というのは、宗教の多元化の事実を受け入れて、どの宗教にも啓示が与えられており、それがたとえある程度歪曲されたものであっても、それは程度問題であって、どの宗教も真理を宿しているのであり、自分の宗教もそれらの諸宗教の中の一つとして相対化する立場です。ところが、キリスト教が自分自身を諸宗教と並ぶ一宗教として自己を相対化するさいに困難な問題があります。それは受肉の教理です。イエスが唯一の神が人間の姿で現れた姿であるというのであれば、イエスこそが神からの最終啓示であり、その啓示に立つキリスト教に絶対的な神の真理があることになります。そこでヒックはキリスト教会がカルケドン信条でイエスを実体的に神の受肉としたことは誤りであり、受肉はメタファーとして理解されなければならないと主張しました。『宗教多元主義への道』という標題で邦訳されているヒックの著作の原題は、The Metaphor of God Incarnate (受肉した神のメタファー)です。この主張に対しては前著『教会の外のキリスト』の終章「キリストの絶対性とキリスト教の相対性 ― 宗教多元主義時代のキリストの福音」(とくに四一四頁の「受肉の問題」の項)で批判しておきましたのでそれを参照していただくことにして、ここではヒックのキリスト教相対化の主張は、現代の宗教の多元化という現実に迫られての相対化であり、このような外からの相対化では諸宗教間の対話は成り立たないことを指摘するにとどめます。世界の諸宗教の間に対話が成立するためには、各宗教が内からの相対化をなし得るとき、言い換えれば自分自身の中に自分を相対化する力、宗教を超える絶対的な原理とか力を自覚して自己を相対化するときに可能になります。
 このような宗教多元化の時代におけるキリスト理解の問題と、キリスト信仰に生きる者が他宗教と対話するとはどういうことかという問題について、プロセス神学の立場に立つアメリカのジョン・カッブが『対話を超えて』(原著は John B.Cobb, Beyond Dialog, 1982)で注目すべき問題提起をしていますので、この書によって多元化時代の宗教間対話とはどうあるべきかについて考えてみたいと思います。キリスト理解の問題については、カッブはヒックの前掲書よりも早く『多元化時代のキリスト』(原題は Christ in a Plurastic Age, 1982)で論じています。この書ではキリストをロゴスとして、しかもキリストを「ロゴスとしての創造的変革」として理解すべきことを説いています。この「創造的変革 Creative Transformation 」という用語が繰り返し現れますが、これはすべてを存在としてではなくプロセス(過程)として理解するプロセス神学の立場から出てくるものでしょう。キリストをこのような創造的変革として理解する立場で、カッブは仏教との対話を試みます。カッブはアメリカの組織神学者きっての仏教通であり、自分の大学に日本の仏教学者を招いて対話を試み、また一九七八年には半年間日本の大学でキリスト教と大乗仏教の関係を研究しています。そこから生まれたのが『対話を超えて』であり、その書の副題は「キリスト教と仏教の相互変容をめざして」となっています(ここで用いられている Transformation は変革よりも変容と訳す方が適切ではないかと思います)。

プロセス神学とは、広い意味では、基本的カテゴリーとして実体とか存在を用いないで、出来事、生成、関連性などをおもに用いる神学を指しますが、狭い意味ではアメリカのホワイトヘッドやハーツホーンの哲学的宗教的洞察を基礎として一九三〇年代からアメリカに起こった神学の潮流を指します。この神学の基本的な現実理解では、現実的なものは本質的に途上(in process)にあるものであり、不変なものとは死んでいるか、過去のものか、抽象的なものであるということになります。現実的であるということは、静的な実体であることではなく、一連の系列をなす事件の中に位置する瞬間の出来事であり、継起する一つ一つの現実的出来事は先行する段階に対する応答であり帰結であるが、先行する段階の理解に基づく応答としての限界内で自らを創造的に規定します。このような考え方は,仏教の根本原理である「縁起の法」を思い起こさせます。プロセス神学に立つカッブが仏教に関心と理解をもつのもうなずけます。しかし、キリスト教と仏教の対話という重要な主題は、許されるならば別の書で扱うことにして、ここでは他宗教との対話の性格についてカッブの意見を聞くにとどめます。

 他宗教者との対話は相手を自分の宗教に変わらせるためという改宗の試みであってはなりません。それでは対話にならず論争になるだけです。対話が成り立つためには、当事者はそれぞれ自分の宗教の確実さに対する確信をもっていて、その上で自分とは違う相手の立場をただ退けるのではなく、お互いに相手が自分の宗教についてもっている確信と理解に耳を傾けるところに成り立ちます。しかしカッブは、このような意見交換と相互理解だけで対話の意味や目的は達せられるのかと疑問を呈し、このような意味での対話を超えて、対話者は相手の宗教がもつ真理に耳を傾けることによって自身が変化することが求められるとします。すなわち対話を通して相互変容が起こるべきことを提唱します。そのような相互の変容が起こるためのプロセスについてカッブは「通り越していく Passing Over」と「帰ってくる Coming Back」という二つの道程を提起しています。キリスト教と仏教の対話が話題となっているこの書では、第三章で仏教のニルヴァーナ(空)の思想を説明し、「Passing Over」と題されている第四章でキリスト教徒はキリスト教という伝統的な宗教の限界を超えて仏教の領域に入り、そこで仏教の真理を学び、次に「Coming Back」と題する第五章で、自分の宗教に戻ってきて、学んだ仏教の真理によってキリスト教を変革する必要があることを論じています。反対方向にも、すなわち仏教についても同じことが言えます。このような過程で起こる相互の影響は、他宗教のいいとこ取りによる自分の宗教の小手先の改善(混合主義)ではなく、相互変容というべき変化です。カッブは「仏教化されたキリスト教」とか「キリスト教化された仏教」について語ります。たとえば、これまでの西欧のキリスト教神学がしてきたように神を最高存在者として理解するよりも、仏教でいう空として理解する方が、イエスにおいて啓示された神にふさわしいのではないかとか、仏教でもアミダをキリストと理解することでより人格的で倫理的な力を得るのではないか、というような問いが出てきます。
 カッブのこの著作は注目すべき重要な提言です。しかし、宗教による宗教の変革変容である限り限界があるのではないかと考えられます。宗教自体は静的な制度であって、自分自身を変革する力ではありえません。それが他の宗教を変革する力となり得るとは考えられません。宗教を変革する力は、ティリッヒも言うように、宗教が宗教でなくなる地点にあります。そのような地点から発する力はまず自分自身を変革する力となります。もし宗教間の対話が相互変容に至ることができるとすれば、それはある宗教が自分が宗教でなくなる地点で自分を変革する力を見いだし、その力で自分を変革したとき、その体験とか動態が他宗教の手本となって、他宗教が自分の深みにその地点を見いだして自分を変革するという形しかないのではないかと考えます。この問題は本章の最後の節「第四節 宗教相対主義」で取り上げることになります。その前に現代の宗教問題のもう一つの重大問題である世俗化の問題を見なければなりません。