市川喜一著作集 > 第19巻 ルカ福音書講解V > 第40講

第二二章 イ エ ス の 復 活

       ― ルカ福音書 二三章(五〇節)〜二四章 ―

はじめに

 三部で構成されているルカ福音書の第三部「エルサレムでの受難と復活」は、これまでに見てきたように、次の三つの区分に分けることができます。

1 神殿での活動と論争(一九・二八〜二一・三八)
2 受難物語(二二・一〜二三・四九)
3 復活告知(二三・五〇〜二四・五三)

第二区分の「受難物語」はルカ福音書二二章と二三章の二章にわたりますが、その終わりの埋葬の段落(二三・五〇〜五六)は、続く二四章一〜一二節の墓の記事と一体で、復活証言の一部としての「空の墓」の段落を構成すると考えられるので、第三区分「復活告知」に入れます。

 福音告知の活動は、弟子たちが復活されたイエスの顕現を体験したところから始まります。それで各福音書は、復活されたイエスが弟子たちに現れた出来事を語り伝える伝承を用いて、十字架上の死に続いて、復活されたイエスが弟子たちに現れた「顕現物語」を書いていますが、その内容は福音書によってかなり違っています。イエスの遺体を葬った墓が空になっていたという「空の墓」の記事はどの福音書にもあり、その内容は基本的には同じですが、それに続く復活されたイエスの顕現については、福音書によって大きく違います。大別すると二つのグループがあります。
 一つは、顕現の場所としてガリラヤを指し示すグループで、マルコとマタイがこのグループに属します。マルコ福音書(一六・八以下の付加部分を除く本体)では空の墓の後に顕現記事はありませんが、イエスご自身や墓での天使の「イエスは先だってガリラヤに行かれる。そこでお会いできる」という予告が示すように、マルコはガリラヤを顕現の場所として指し示しています。そして、イエスのガリラヤでの活動の時期に、湖畔での召命や湖上の顕現という形で復活されたイエスの顕現を組み込んでいます。
 もう一つは、エルサレムとその近郊を顕現の場所とするグループで、ヨハネとルカがこれに属します。もっともヨハネ福音書は二一章の補遺でガリラヤでの顕現を伝えていますが、本体部分では顕現はエルサレムに限られています。
 この二つのグループの違いをどう理解するかの問題は別のところで扱いましたので、ここではルカ福音書の復活告知の特色に限定して見ていくことにします。

福音書全体の顕現記事の理解の仕方については、拙著『福音の史的展開T』の序章「復活者イエスの顕現」で扱いましたので、それを参照してください。

 福音書がイエスの復活を告知するさい、それは二種類の証言に基づいて行われています。一つは、イエスを葬った墓が空になっていたという事実の証言で、もう一つは、弟子たちが復活されたイエスを「見た」という体験の証言です。ルカ福音書もこの二種類の証言を並べて、イエスの復活を告知していますが、それぞれをルカ独自の仕方でしています。その特色を以下の講解で見ていくことになります。
 第一の「空の墓」については、ルカはほぼマルコに従っていますが、その中にもガリラヤへ行くようにという指示を欠くという重要な違いを見せています。第二の復活されたイエスを「見た」という証言(二四章一三節以下)は、他の福音書にはないルカ独自の記事で報告しています。これは、先に見たように、「空の墓」で終わる初版のルカ福音書に、マルキオンに対抗するために使徒言行録を書いたときに付加した部分だと考えられます。

二四章一三節以下が、初版ルカ福音書成立の後で、マルキオンに対抗するために使徒言行録を書いたときに付加されたことについては、拙著『福音の史的展開U』402頁の第八章第一節「ルカ二部作成立の状況と経緯」、とくに467頁「2 顕現物語」を参照してください。