市川喜一著作集 > 第19巻 ルカ福音書講解V > 第24講

131 財布と袋と剣(22章35〜38節)

 この「二振りの剣」と名付けた方がふさわしい段落は、他の福音書にはなくてルカだけにある特殊記事です。この記事はルカだけがもっている「ルカの特殊資料L」から採られたものか、あるいは複数の伝承を組み合わせたものか、またはルカの筆によって構成されたものかが議論されています。その議論に立ち入るゆとりはありませんので、この段落が最後の晩餐の席での最後の対話として置かれている意義を中心に、その内容を検討します。

 それから、イエスは使徒たちに言われた。「財布も袋も履物も持たせずにあなたがたを遣わしたとき、何か不足したものがあったか」。彼らが、「いいえ、何もありませんでした」と言うと、イエスは言われた。「しかし今は、財布のある者は、それを持って行きなさい。袋も同じようにしなさい。剣のない者は、服を売ってそれを買いなさい」。(二二・三五〜三六)

 イエスは「財布も袋も履物も持たせずにあなたがたを遣わしたとき、何か不足したものがあったか」と言って、彼らをガリラヤの町や村に「神の国」を告げ知らせるために派遣されたときのこと(九・一〜六)を弟子たちに思い起こさせられます。その時にはガリラヤの人たちは、病人をいやし悪霊を追い出して「神の国」を告げ知らせる弟子たちを歓迎し、彼らに泊まる部屋や食事を提供したので、弟子たちは財布も袋も履物も持たないでも何も不足するものはありませんでした。彼らがイエスの問いかけに「いいえ、何もありませんでした」と答えると、イエスは「しかし今は」と言って、あの時とはすっかり状況が変わった今は、弟子たちにまったく違う指示をお与えになります。
 「財布のある者は、それを持って行きなさい。袋も同じようにしなさい」という指示は、これからはあの時のように住民からの支援は期待できなくなるのだから、自分の糊口は自分でしのげるように準備して行きなさいという指示を意味しています。イエスはさらに「剣のない者は、服を売ってそれを買いなさい」と言われます。これは、たんに支援が期待できないだけでなく、むしろ敵意に囲まれることを指しておられます。
 古代の部族社会では、知らない土地を旅する者は護身用に短剣を身につけて旅をしました。他部族の中では敵意を覚悟しなければならない場合が多かったからです。イエスはこの「剣を買え」という言葉で、弟子たちがこれから行く先々で厳しい敵意に取り囲まれるようになることを予告しておられるのです。ヨハネ福音書の「訣別遺訓」ではこの敵対的な状況が明白な言葉で描かれていましたが(ヨハネ一六・二)、ルカはイエスがそれを「剣を買え」という象徴的な表現で指し示されたと伝えます。
 そして、「あの時」の状況とは決定的に変わってしまい、「しかし今は」と言わなければならない状況の変化を、イエスはこのように語り出されます(次節)。

 「言っておくが、『その人は犯罪人の一人に数えられた』と書かれていることは、わたしの身に必ず実現する。わたしにかかわることは実現するからである」。(二二・三七)

 イエスは自分に対する最高法院の死罪の判決が迫っていることを覚悟しておられます。これまでの活動の期間中、とくにエルサレムに入ってからはユダヤ教指導層の自分に対する反感と殺意が身に迫るのを感じておられます。しかし、そのような実際的な状況以上に、イエスは自分がイスラエルの法廷で有罪とされて、すなわち犯罪者とされて処刑されることを、神の定めとして受け入れておられます。そのことはすでに弟子の裏切りを予告されたときにも、「人の子は定められたとおり去って行く」(二二・二二)と言っておられました。今改めて聖書を引用して、その定めを語り出されます。
 「その人は犯罪人の一人に数えられた」という聖書引用は、「主の僕」を預言したイザヤ書五三章の中(一二節)の一文です。イエスは、この聖書の言葉は「わたしの身に必ず実現する」と、「必ず」という神的必然を示す《デイ》を用いて語り出し、その引用の後に、「わたしにかかわることは最後(の実現)に至るからである」(私訳)と言って、念を押されます。

ここの引用文は七十人訳ギリシア語聖書の形と少し違っており、ヘブライ語聖書の影響が議論されています。この節がイエスの発言であるならば、イエスご自身がイザヤ書五三章を引用されたことになり、イエスと「主の僕」預言の関係の理解について重要な資料になりますが、一般的にはこの節はイエスに対する最初期共同体の「主の僕」預言の適用であると見られており、ルカがそれを用いたとされています。

 イエスがユダヤ教の最高法廷である最高法院で有罪判決を受けたことは、弟子たちのユダヤ教社会での立場を決定的に変えることになります。「犯罪者」といっても、殺人や強盗などの刑法犯ではありません。そのような「犯罪者」は本人だけの処刑で終わります。イエスに対する有罪判決は、ユダヤ教の最高法廷がイエスを聖なる神の律法に背く「?神者」あるいは「脱落説教者(異端者)」と判決することですから、そのイエスをメシアとか神から遣わされた者と言い表す者も律法に背く者となります。もし町の半数以上の者がそのようなイエスに従うことになれば、その町全体が「誘惑された町」と判定され、ユダヤ教当局から厳しい処置を受けることになります。この事実が、イエスの十字架・復活後にイエスをメシア・キリストと告知したパレスチナにおける弟子たちの働きがユダヤ教徒によって拒否された理由です。
 最高法院におけるイエスの有罪判決の前と後では、ユダヤ教社会におけるイエスの弟子たちの立場はすっかり変わることになります。その前では、イエスの弟子たちはパレスチナのユダヤ教徒の中で歓迎され支持されてきました。しかし、イエスが有罪判決を受けた後では、多くの奇跡を行って神の支配の切迫を訴えても、イエスからの使者であるという理由で冷たい拒否に直面しなければならなくなります。そのことはルカ福音書でも、「七十二人の派遣」の記事で語られていました。イエスは最後の食事の席で、このような変化を予告されます。

イエスに対する最高法院の有罪判決の前後におけるパレスチナの福音運動における状況の変化については、拙著『ルカ福音書講解U』 18頁以下の「61 七十二人を派遣する」と「62 悔い改めない町を叱る」の二つの段落を参照してください。とくに29頁の「使者を拒む町への断罪」と31頁の「町単位の断罪」の項を参照してください。

 そこで彼らが、「主よ、剣なら、このとおりここに二振りあります」と言うと、イエスは、「それでよい」と言われた。(二二・三八)

 イエスがご自身の有罪判決後に来る敵対的な状況を覚悟するように促された「剣を買え」という象徴的な言葉を、弟子たちは文字通りに受け取って、「主よ、剣なら、このとおりここに二振りあります」と言います。おそらく弟子たちの中の二人が護身用の短剣を持っていたので、それを差し出してこう言ったのでしょう。イエスが「マーシャール」(比喩、象徴)で語られたことを周囲の者が自分の日常生活の経験内で理解して、しばしば対話が行き違いになることが福音書に伝えられています(とくにヨハネ福音書で顕著です)。ここもその一例です。
 イエスは弟子たちに剣を持たせて、敵対する者たちと武力で戦わせようとされたのではありません。武力を用いてでも自分たちの宗教的信念を貫こうとした「熱心党」の路線は、イエスがもっとも厳しく退けられた路線です。最後の最後まで弟子たちはイエスを理解せず、まだイエスの栄光の支配を期待して、そのために剣を振るって戦うようなことを考えています。今はこれ以上語っても仕方がないとされたのか、イエスは「十分だ」(私訳)と言って、会話を打ち切られます。これは「二振りで十分だ」という意味ではありえません。二振りの短剣で武装した十人ほどの集団が、武力を用いて何をなしえましょうか。ここではイエスの「十分だ」は、今の時点ではもう十分話したという意味に理解しなければなりません。「もうよい」と訳してもよいかもしれません。こう言って対話を打ち切り、イエスは弟子たちを率いて、食事の部屋を出てオリーブ山に向かわれます。