市川喜一著作集 > 第17巻 ルカ福音書講解T > 第45講

第七章 苦しみを受ける人の子

       ― ルカ福音書 九章(一〜五〇節) ―

はじめに

 前章(第六章 ガリラヤ巡回伝道の進展)で、イエスが十二人の使徒と女性弟子の一団を引き連れてガリラヤの町や村を巡り歩き、「神の国」を宣べ伝える活動を進められたことを見ました。イエスがなされる病気をいやし悪霊を追い出すなどの力ある業により、イエスの名声はガリラヤに響き渡りました。民衆も弟子たちも、人の思いと力を超えるイエスの驚くべき奇跡と権威ある教えの言葉に接して、「いったい、この方はどなたなのだろう」という驚きと問いを発せざるをえませんでした。
 イエスのガリラヤでの働きは、イエスを慕い求める男たちが五千人も荒れ野に集まったという出来事で頂点に達します。同時にその出来事を転機として、イエスはもはやガリラヤの民衆の間を歩くのではなく、エルサレムに向かって旅立たれることになります。ルカの構成では、福音書九章はガリラヤでの働きを語る第一部を締めくくり、エルサレムへの旅を描く第二部を準備する転換の章となります。本章はこの重要な転換の時期を扱うことになり、「いったい、この方はどなたなのだろう」という問いをめぐり、イエスと弟子との対話、苦しみを受ける人の子の奥義の啓示、山上の変容による神の子の栄光の啓示など、重要な出来事が取り扱われます。


49 十二人を派遣する(9章1〜6節)

弟子たちによるガリラヤ伝道の仕上げ

 マルコ(五・二一〜六・一三)では、会堂長の娘の生き返りと出血の止まらない女性のいやしの記事の後に、故郷のナザレの人たちから拒否される記事がきて、その後に十二人の派遣が語られています。会堂長の娘のことまで比較的忠実にマルコの順序に従ってきたルカは、ここから大きくマルコの順序から離れ、独自の仕方でガリラヤでの活動を締めくくる部分を構成しています(九・一〜五〇)。
 ルカはナザレでの拒否をガリラヤ伝道の冒頭(四・一六〜三〇)に置いているので、それは飛ばして、会堂長の娘の生き返りの記事から直ちに十二人の派遣へと物語を続けます。イエスが十二人を選ばれたのは、自分の側におらせて、御自身の「神の国」の告知と病人をいやす働きを目撃させて、その証人とし、また同じ働きを続けるための訓練とするためでした。今やイエスはガリラヤで十分その働きをなして、いよいよ弟子たちを同じ働きのために送り出されます。弟子たちの派遣は、イエスのガリラヤ伝道の最後の局面となっています。イエスは、御自身が回りきれなかったところに弟子たちを派遣して、ガリラヤでの働きを遺漏のないものにしようとしておられるかのようです。

 イエスは十二人を呼び集め、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能をお授けになった。そして、神の国を宣べ伝え、病人をいやすために遣わすにあたり、次のように言われた。(九・一〜二)

 イエスは、弟子たちにご自分と同じ働きをさせるために、「あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能をお授けになり」ます(九・一)。その上で、弟子たちを「神の国を宣べ伝え、病人をいやすために遣わ」されます(九・二)。この二つの働き、「神の国を宣べ伝える」ことと「病人をいやす」ことは、まさにイエスがされていた働きそのものです(マタイ四・二三、九・三五)。ガリラヤの各地に派遣するにあたって、イエスは弟子たちに次のように訓示されます。

 「旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない」。(九・三)

 マルコ(六・七〜九)の記事と較べると、二人を組にして派遣されたというユダヤ教の証人規定が背景にある記事がないことと、旅の装備としてマルコでは許されていた野獣を追い払う杖も持つことが禁じられ、足にからみつく害虫から身を守る履き物についての言及がないなど、マルコでは具体的な旅が問題にされていたのに対して、ルカでは伝承されていく過程で、この実際的な訓戒が使命の緊急性を示す理念的な言葉となっていったと考えられます。ルカは、イエスの派遣の言葉を文字通り実践したパレスチナ・ユダヤ人の巡回伝道者の働きの場面からは、地理的にも時間的にも遙かに遠い状況で著作しています。このイエスの語録伝承にある派遣の言葉も、資料への忠実さから保存されて伝えられていますが、それが実際的な訓戒ではなくなり、理念的な表現になるのは避けられません。
 イエスはさらにこう言われます。

 「どこかの家に入ったら、そこにとどまって、その家から旅立ちなさい。だれもあなたがたを迎え入れないなら、その町を出て行くとき、彼らへの証しとして足についた埃を払い落としなさい」。(九・四〜五)

 ここはほとんどマルコ(六・一〇〜一一)の記事と同じです。弟子たちを家に迎え入れ、その使信を受け入れる者には平安(終末的な救いと祝福)が約束されますが、拒む者には裁きがあるのみです。彼らとはもはや何の関わりもなく、彼らの終末的命運に何の責任もないことを示すために、「足についた埃を払い落とす」という象徴行為をして、次の町や村に急ぐように訓示されます。

 十二人は出かけて行き、村から村へと巡り歩きながら、至るところで福音を告げ知らせ、病気をいやした。(九・六)

 ルカは先に、イエスがガリラヤで巡回伝道活動を継続されたことを、「引き続き(私訳)、イエスは神の国を宣べ伝え、その福音を告げ知らせながら、町や村を巡って旅を続けられた。十二人も一緒だった」と書いていました(八・一)。今や、弟子たちがそれを引き継いで、ガリラヤの村から村へと巡り歩きながら、至るところで福音を告げ知らせ、病気をいやす働きを進めていくことになります。こうして、神の支配が差し迫っているというイエスの使信は、病気のいやしや悪霊の追放という「しるし」を伴ってガリラヤ中に広く響き渡ることになります。