市川喜一著作集 > 第17巻 ルカ福音書講解T > 第21講

25 レビを弟子にする(5章27〜32節)

徴税人レビの召命

 その後、イエスは出て行って、レビという徴税人が収税所に座っているのを見て、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は何もかも捨てて立ち上がり、イエスに従った。(五・二七〜二八)

 マルコの順序に従って、次に徴税人レビが弟子として召された記事が来ます。当時のユダヤ教社会では、徴税人は汚れた者としてのけ者にされていましたから、イエスが徴税人を弟子とされたことは事件であり、このイエスの行為をめぐって批判と議論が巻き起こります。

当時の税には、《ケーンソス》と呼ばれる直接税(人頭税と土地税)と、《テロス》と呼ばれる間接税(通商される物品にかかる税と道路や橋を通る税など)の二種類の税がありました。直接税は任命された役人(税吏)が徴収しましたが、間接税は一定地域の徴税権を最高額で競り落とした関税請負人《アルキテローネース》が徴収に当たりました。ザアカイはこのような関税請負人《アルキテローネース》でした(一九・二)。実際の徴税はその下請けの「徴税人」《テローネース》が行いました。レビはこのような「徴税人」の一人でした。通商や交通の要所には「収税所」《テローニオン》が置かれ、そこで徴税人が関税《テロス》の徴収に当たりました。《テロス》は請負制ですから、徴税人は請け負った額以上の税を徴収して私腹を肥やすのが常であり、そのような職業の不道徳性と、異教の支配者に仕え、異教徒との接触から祭儀的に汚れていることなどから、ユダヤ教社会では盗賊や詐欺師と同列に、村八分的な扱いを受けていました。

 前段の足の麻痺した人のいやしはカファルナウムでの出来事です。イエスがカファルナウムから「出て行って」、湖沿いに少し行かれると収税所があります。カファルナウムは交通の要衝ですから、その近くに収税所が置かれ、通過する人や物品から税を徴収していました。そこの「収税所に座って」税を徴収していた徴税人がレビでした。
 イエスはレビに、「わたしに従いなさい」と声をかけられます。するとレビは「何もかも捨てて」立ち上がり、イエスに従います。レビがイエスの呼びかけに応えて直ちに従っていった出来事は、ペトロたちが「何もかも捨てて」イエスに従った出来事(五・一一)をモデルにして書かれています。しかし、これは(そこで見たように)復活者イエスの召しに応えたペトロたちの行動であって、地上のイエスの巡回伝道に従ったときは、家や漁師の仕事はそのまま残っています。レビの場合も、イエスの弟子となってからイエスのために盛大な宴会を自分の家で開いています。
 レビはイエスの弟子の一人となりますが、レビの名は「十二人」のリスト(六・一四〜一六)には出てきません。並行するマルコ(三・一六〜一九)とマタイ(一〇・二〜四)のリストにも出てきません。注目すべき点は、マタイが十二人の中の「マタイ」という名に「徴税人」という元の職業を添えていることです。マタイ福音書を生み出した伝承は、マタイが元徴税人であることを知っており、マルコ福音書のレビの召命記事をマタイの召命記事にしています(マタイ九・九〜一三)。マタイ福音書を生み出した共同体は、その共同体が依って立つ伝承の源に立つ人物が、「十二人」の中の一人であり、ペトロと同じように直接主イエスから召された者であることを語るために、徴税人レビの召命記事を徴税人マタイの召命記事としたと見られます。
 ルカはマタイ福音書を知らないと考えられます。また、ルカにはレビとマタイを同一人物としなければならない理由はありません。レビもここに出てくるだけですし、マタイも名前が出てくるだけで、両者の関係はありません。したがって、ルカはマルコの記事をそのまま踏襲します。マタイによれば、レビとマタイは同一人物となりますが、これは確認できません。レビもマタイもユダヤ名であり、ユダヤ名シモンがペトロというギリシア語名を持っていたのとは事情が違います。同一人が別人かは確認できませんが、いずれにせよ、徴税人が弟子として召されたことが重要です。このことの意義が、続く宴席の場で語られます。

徴税人レビの家での宴会

 そして、自分の家でイエスのために盛大な宴会を催した。そこには徴税人やほかの人々が大勢いて、一緒に席に着いていた。(五・二九)

 レビは「自分の家で盛大な宴会を催し」ます。宴会は喜びを分かちあうためにするものですから、レビにとってイエスから招かれて弟子とされことは、よほど嬉しいことであったのでしょう。ペトロたちが悲壮な決意をもって「何もかも捨てて」宣教活動に乗り出した状況とはかなり違います。社会からのけ者にされていたレビにとって、高名な教師であるイエスから呼びかけられ、弟子の一員として身近に置いてもられるようになったことは、ユダヤ教社会で認められて誇らしい立場を得た思いであり、感謝と喜びからこのような盛大な宴会をすることになったのでしょう。この感謝と喜びは、「徴税人の頭」(関税請負人)であるザアカイの場合も同じです(一九・一〜一〇)。
 レビが催した宴会がこのような性格のものであったことは、この宴会に「多くの徴税人や罪人もイエスや弟子たちと同席していた」(マルコ二・一五)ことからも分かります。彼は同じような境遇の人たちを招いて、喜びを分かちあおうとしたのでしょう。ルカは「そこには徴税人やほかの人々が大勢いて」と書いて、マルコの「罪人」という表現を削除していますが、これは異邦人には誤解されやすい「罪人」という表現を避けたからでしょう。しかし、すぐ後でイエスの行動を批判した人たちの言葉では「徴税人や罪人」というマルコの表現をそのまま使っています。
 「罪人」という表現は、法律に違反した行為で裁判を受けた犯罪者とか前科者という意味ではなく、ユダヤ教社会で、神がイスラエルの民に求められる基準、すなわち律法の基準からして、神の民としての資格のない者、ユダヤ教社会の除外者という意味です。個々の行為が人を罪人とするのではなく、職業とか立場が人を「罪人」とするのです。徴税人はその典型です。そのほか遊女とか高利貸しなど、その職業とか社会的立場にあること自体が、ユダヤ教律法の基準に達することができない者として、「罪人」というレッテルを貼られて差別されます。これは、律法順守を神の民の要件とするユダヤ教特有の差別概念です。
 イエスの周りにこのような「罪人」が大勢集まってきていたことは、ルカではここで初めて出てきます。イエスの周りに集まったのは病人だけではありません。徴税人レビを弟子として身近に置かれたことを典型的な事例として、福音書はイエスの行かれるところには「罪人」たちが大勢集まったこと、また、イエスはこのような人たちと飲食を共にして自分の仲間であることを示されたことを伝えています。実はこのことこそ、イエスが宣べ伝えられた福音の質を示す重要な事実なのです。そのことが、イエスのこの行動や振舞いを批判した人たちとの間に行われた以下の問答で示されます。

義人ではなく罪人を招くために

 ファリサイ派の人々やその派の律法学者たちはつぶやいて、イエスの弟子たちに言った。「なぜ、あなたたちは、徴税人や罪人などと一緒に飲んだり食べたりするのか」。(五・三〇)

 このような徴税人レビが催した宴会に「ファリサイ派の人々やその派の律法学者たち」が同席していたことは、やや不自然です。たしかに、婚宴や宴会には、土地の名士として律法学者が招待されることは普通ですので、この場合も律法学者がいたことはありえます。しかし、「ファリサイ派の人々やその派の律法学者たち」と表現されるグループの人たちが宴席にいて、「イエスの弟子たちに」に向かって、「なぜ、あなたたちは・・・・」と言ったという表現は、この場合やや不自然です。これは、ユダヤ教から見ればとうてい神の民となりえないような人たちを集めて、自分たちこそ新しい神の民であると主張している最初期のキリストの民に対して、ユダヤ教会堂が向けた批判を反映している可能性があります。もちろん、イエスのときにもこのような批判はあったはずです。しかし、福音書として書かれたときの状況が、イエスの状況に重ねて書かれたので、このような不自然な形になったのではないかと推察されます。

マルコ福音書(二・一六)では、批判の言葉は「どうして彼(イエス)は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」となっています。マタイ(九・一一)では「あなたたちの先生は・・・」となっています。イエスの働きの状況としてはこれが自然ですが、ルカは共同体の状況に思いを致して書いているので、このような書き方になったのでしょう。しかし、マルコとマタイでも弟子たちに質問が向けられているのは、やはり最初期共同体の状況が反映していると見られます。

 イエスはお答えになった。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」。(五・三一)

 「なぜ、あなたたちは、徴税人や罪人などと一緒に飲んだり食べたりするのか」というユダヤ教からの批判に対して、イエスは医者のたとえを用いて答えられます。たとえを用いて、簡潔に、そして的確に問題の本質を射貫かれるのは、イエスの言葉の特色であり、共同体は伝承されたイエスの語録を引用して、ユダヤ教からの批判に答えます。
 イエスが用いられた医者のたとえは、マルコ(二・一七)では、「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく、病人である。わたしが来たのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」となっています。ルカはほぼそれと同じ言葉を引用していますが、最後の「罪人を招くために」の後に「悔い改めへと」(=悔い改めに至らせるために)という句を加えています。これは、まことにルカらしい付加ですが、この句の解釈を間違えると、イエスの言葉が指し示す福音を台無しにする危険があります(この点については後述)。
 イエスは、「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく、病人である」と、医者の働きを引き合いに出した上で、そのように「わたしが来たのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」と宣言されます。このマルコの形が、本来のイエスのお言葉を伝えていると考えられます。ただ、ここでイエスが「義人」とか「罪人」と言っておられるのは、批判者たちの用語を使っておられることに留意しなければなりません。
 「ファリサイ派の人々やその派の律法学者たち」は、律法を守って生活している者を「義人」と呼び、律法を学ばず、律法を守らず、律法と無縁な生活をしている者を「罪人」と呼んで、そのような人は神の国には無縁な者としていました。「ファリサイ派の人々やその派の律法学者たち」は、熱心に律法を学び、実行している自分たちこそ「義人」であると自任していました。そして、徴税人や遊女はその職業から汚れた「罪人」でしかありえないし、律法を持たない異邦人はもともと汚れた「罪人」だとしていました。そして、そのような人たちと交わることは彼らの汚れに染まることだとして、極力接触を避けていました。一緒に食事をすることなど、彼らの仲間であることを表明することであり、とんでもないことです。
 ところがイエスは、まさに「罪人」の典型である徴税人を弟子として仲間に入れ、徴税人や罪人たちと一緒に食事をしているのです。これは、ファリサイ派律法学者たちからすれば、義を追い求める者、イスラエルの民に義を教える者にはあるまじき行為です。ルカの文は「なぜ」で始まる疑問文ですが、マルコの文は、激しい非難を示す感嘆文として、「(何たることか)彼は徴税人や罪人と一緒に食事をしている!」と読むこともできます。どちらにしても、イエスの行動はファリサイ派律法学者たちから見ればとうてい見過ごすことができない行為、意図的に律法を無視する行為として、非難・詰問しているのです。
 このファリサイ派律法学者たちからの激しい非難詰問に対して、イエスは医者のたとえを語られます。医者は丈夫な人のところに来るのではなく、病気の人のところに来て、苦しんでいる人を助けます。そのように、わたしが神から遣わされて世に来たのは、あなたたち「義人」を神に国に招き入れるためではなく、あなたたちが「罪人」と呼んで神の国から追い出している人たちを神の国の恵みに招き入れるためである、とイエスは言っておられるのです。あなたたち「義人」は、自分の義で満ち足りているとして、わたしがもたらす神の恩恵を必要としていない人たちである。それに対して、あなたたちが「罪人」と呼んで神の国から排除している人たちは、わたしがもたらす神の恩恵がなければ神の前に立てない人たちである。彼らは、病人が医者を必要としているように、わたしの中に到来している神の無条件絶対の恩恵が必要なのだ。わたしは、この神の無条件絶対の恩恵をたずさえて、彼らを招くために来たのだ、とイエスは宣言されます。

「貧しい人たち」と恩恵の支配

 では、この「罪人」が批判者たちの用語であるとすれば、イエスご自身はこのようなユダヤ教社会で排除されている人たちをどう呼んでおられるのでしょうか。それは、すでにナザレの会堂でご自分の使命を預言者イザヤの言葉で宣言されたときに出てきています。イエスはイザヤ(六一・一)の言葉を引いて、「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人たちに福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである」と言っておられます(四・一八)。この「貧しい人たち」は、旧約聖書の預言書や詩編で、富める者や権力者から苦しめられていながら、対抗するものを自分の内に持たず、ただ神に縋るほかのない者たちを指す呼び名です。イエスは、このような伝統を受け継いで、ご自分が呼びかけ招く人たちを「貧しい人たち」と呼んでおられます。イエスはこのような人たちに、「貧しい人々は、幸いである。神の国はあなたがたのものである」と言われるのです(六・二〇)。
 このような「貧しい人たち」は、律法が支配するユダヤ教社会では、律法の基準を満たすことができない者として、「罪人」と呼ばれて排除されていました。それに対してイエスは、律法とは別の原理で彼らを扱われます。すなわち、恩恵の原理です。イエスが告げ知らされる「神の支配(バシレイア)」とは、「恩恵の支配(バシレイア)」のこと、神の恩恵が圧倒的に支配する場のことです。このことは福音書全体を通して確認しなければならないことですが、ここですでに明確に告知されています。マタイは、イエスが徴税人を招かれた行為に「恩恵の支配」が告知されていることを明言しています。マタイは、「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく、病人である」という医者のたとえと、「わたしが来たのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」という宣言の間に、「『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい」という、ホセア(六・六)の言葉を入れています。ルカはこのような引用は入れていませんが、イエスが告知された「神の支配」とは「恩恵の支配」であることは、ナザレの会堂での宣言で引用された、「主の恵みの年を告げるため」というイザヤの預言を用いて明言しています。
 「憐れみ」とか「恵み」とは、相手の資格とか善悪を問わず(条件としないで)、無条件で相手を受け入れ、交わりをもち、自分のよきものを与える姿勢とか行為です。イエスはこれを父の「慈愛」とも言われました。パウロはこれを《カリス》(恩恵)と呼んでいます。この「恩恵」が、人間の側の状況を圧倒して支配している場が「神の支配(バシレイア)」です。イエスが、足の麻痺した人に無条件に「あなたの罪は赦されている」と宣言されるのも、徴税人に「わたしと一緒に来なさい。あなたはわたしの仲間だ」と言われるのも、すべて恩恵が支配する場での出来事です。

「悪人正機」の思想

 このように、イエスがもたらされた「神の支配」が「恩恵の支配」であるならば、恩恵が招くのは「貧しい人たち」になるのは当然です。自分で「義人」だと考えている人たちには無縁です。「義人」たちは、あの「罪人」たちと同列に、ただ神の恩恵によって扱われることに耐えられません。それでは、自分たちが律法を順守して義を追求している努力は無意味になります。自分たちの宗教的価値を否定する「恩恵の支配」を唱えるイエスを許すことはできません。厳しく批判し、憎み、ついには死に追いやることになります。
 これとよく似た出来事が、日本の宗教史にも起こりました。このイエスの出来事から千年ほど後のことですが、日本の仏教界に法然や親鸞が現れて、弥陀の本願に寄り頼む信仰によってどのような悪人凡夫も救われると唱えたとき、既成の仏教界の僧侶たちは、それでは悟りを求める菩提心を無意味にすると激しく反発し、法然や親鸞を朝廷に訴えるなどして迫害しました。
 親鸞の思想を世に伝えるために、弟子の唯円が親鸞の言葉をまとめて著した著作に、有名な「歎異抄」があります。その中に、親鸞の信仰思想を典型的に示す言葉として、「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という言葉が伝えられています。これは、もともと悪人こそ阿弥陀仏の救いの主対象だとする「悪人正機」の思想を実に簡明直截に表現しています。そして、その意味がこう説明されています。
 「煩悩具足のわれらは、いづれの行にても生死をはなるることあるべからざるを、あはれみたまひて、願を起こしたまふ本意、悪人成仏のためなれば、他力を頼みまつる悪人、もとも往生の正因なり。よて善人だに往生すれ、まして悪人は、とおほせさふらひき」。(『歎異抄』第三章)
 この「悪人」は、自分を清浄心なき汚濁の悪人と深く自覚した親鸞自身から出た言葉として、一人ひとりの自覚の告白として読まなければなりませんが、この「悪人正機」の宗教思想は当時の庶民階級の人々に大きな共感を呼び起こしました。武士や漁師・猟師など殺生をしなければ生きて行けない人たち、商人や遊女など、社会道徳上いつも非難されている人たち、貧しい農民や職人など、生活に追われて仏法をならう機会がない人たち、このような階層の人たちにとって、「悪人正機」の教えはまさに自分たちに向けられた救いの声として響いてきました。
 このような法然・親鸞の阿弥陀信仰が日本人の宗教性に大きな影響を及ぼしたことは、わたしたちが身近に知っていることです。しかし、法然・親鸞よりも千年も前に、イエスは「わたしが来たのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」と宣言しておられるのです。「罪人」こそ、「貧しい人たち」こそ、イエスが神の国の祝宴に招くために呼びかける人々なのです。

悔い改めさせるために

 イエスは「わたしは罪人を招くために来た」と言っておられますが、「罪人」、すなわちイエスが「貧しい人たち」と呼ばれる人たちを何に招いておられるのでしょうか。マルコが伝えるイエスのお言葉には、その点についての説明はついていません。イエスの宣教全体が「神の国」への呼びかけであることから、また、このお言葉が発せられた場が宴席であることから、この招きは神の国の祝宴への招きであると受け取ることができます。事実、イエスご自身、「貧しい人たちは幸いである。神の国はあなたたちのものである」と言って、この点を明確に語っておられます。神の国の祝宴に招かれるのは、自分を義人だとしている者たちではなく、自分の中にはいかなる義もなく、ただ神の恩恵にすがらないではおれない「貧しい人たち」だと、イエスは宣言しておられるのです。
 ところが、ルカは「罪人を招くために」の後に、「悔い改めへと」という句を入れて、その招きが「悔い改め」に至らせるためだとしています。そして、この句が「義人」とか「罪人」という用語で語られる文の中に出てくるため、イエスの言葉が次のように理解される危険があります。すなわち、イエスは罪人たちに、罪を悔い改めて義人としての生活に立ち戻るように呼びかけておられるという理解です。これは誤解です。イエスの福音を台無しにする誤解です。
 この言葉がこういう意味であるならば、イエスもファリサイ派律法学者たちと同じ立場に立つことになります。そうであればイエスも、「義人」を招いておられることになります。律法を順守する義人だけが神の国に入ることができるのだから、律法に背く生活をしている罪人は、その罪を悔い改めて、律法に従う義人の生活に戻り、それによって神の祝福を受けるようになりなさい、と呼びかけておられることになります。それができるのであれば、イエスが来られる必要はなかったのです。それができない人々を、無条件に神の国の祝宴に招くためにイエスは来られたのです。
 イエスの神の国の告知は神の無条件絶対の恩恵の告知であるという基本的な理解からすれば、ここの「悔い改め」《メタノイア》は、預言者たちが叫んだ「立ち帰り」《シューブ》の意味に理解しなければなりません。すなわち、今や神の無条件絶対の恩恵が現れたのだから、自責や絶望というような自己の殻の中に閉じこもっていないで、立ち上がり、自分から出て、神に立ち帰り、この神の恩恵に自分を投げ入れなさい、という意味に理解しなければなりません。ルカがこのような意味で「悔い改め」を用いていることは、やがて一五章の有名な「放蕩息子」のたとえで明確に語られることになります。
 この「悔い改め」を誤解してイエスの福音を台無しにするような事態が、現代の教会に起こってはいないでしょうか。現代のキリスト教会は「義人」を招く教会になっていないでしょうか。外の人をまず自分の規準にあった「義人」に変えて、「義人」になった者だけに神の救いとか祝福を約束する教会になっていないでしょうか。洗礼や聖餐の儀式にあずかり、酒やタバコをのまず、日曜日には礼拝に出て聖書を学ぶなど、敬虔な生活をし、教会の教義を信奉し、慈善的社会活動をするなど、教会が求める生活の規準を満たしている者に救いを約束し、その規準に合わない者を退けているならば、その教会は「義人を招く」教会になっているのです。
 キリストの福音は、そのようなキリスト教の規準にあわない外の人々に、そのままで、すなわち教会から見れば世俗の生活のただ中で、神の恩恵を受けるように招くのです。そのままで、イエス・キリストを信じ、その信仰によって神の恵みの賜物、すなわち神の命である御霊を受けるように招くのです。
 そのままで神の救いの恵みを受けるのであれば、キリスト教が求める高い宗教性や道徳性は達成できないではないか、という反論は成り立ちません。無条件・無代価で賜る聖霊によって、神は人間を変容する働きを始めてくださるのです。人間が神の御霊によって内から変革されてはじめて、キリスト教がかかげる高い宗教性や道徳性が実現できるのです。それがなければ、キリスト教会はいつまでも「義人を招く教会」にとどまり、イエスが宣べ伝えられた「恩恵の支配」を世界に告知することはできないのです。恩恵が支配する場を世界に提示することで、福音は世界を変革へと招くのです。