市川喜一著作集 > 第17巻 ルカ福音書講解T > 第9講

15 イエスの系図(3章23〜38節)

イエスの家系

 23 イエスが宣教を始められたときはおよそ三十歳であった。イエスはヨセフの子と思われていた。ヨセフはエリの子、それからさかのぼると、24 マタト、レビ、メルキ、ヤナイ、ヨセフ・・・・・・・ナタン、ダビデ、エッサイ・・・・・・・ヤコブ、イサク、アブラハム・・・・・・ 38 エノシュ、セト、アダム。そして神に至る。

 バプテスマの場面で、このドラマの主役であるイエスが舞台に登場されることになったので、ここでルカはこの主役を紹介する記事を入れます。このイエスが活動を始められたときは「およそ三十歳」であったとされます。先に見たように、洗礼者ヨハネがバプテスマ運動を始めたのが二八年とすると、イエスは紀元前数年のお生まれということになります。現在ではイエスの誕生はヘロデ大王の最後の年になる紀元前四年と見られていますが、そうするとこの時イエスは三二歳になっておられたことになります。ルカの記述は正確だとしなければなりません。
 ユダヤ人の社会では男子は普通「誰それの子」という呼び方で紹介されます。ルカはイエスを読者に紹介するにあたって、ユダヤ人の習慣に従って「ヨセフの子」と呼ぼうとしますが、そこに「と思われていた」という句を加えています。この句は、実際はそうでないのだが、世間ではヨセフの子として通っていたという意味を付け加えています。
 誕生物語によりますと、イエスは聖霊によって身ごもったマリアからお生まれになったのであり、婚約者のヨセフはイエスの誕生には関与していません。しかし、ヨセフはマリアを妻として迎え、イエスを自分の息子として受け入れて育てます。このことによって、イエスはダビデの子孫であるヨセフの家系につながる者となり、ダビデの子孫という系図が成立します。誕生物語の成立と福音書の一部として組み入れられた経緯はどうであれ、少なくともルカがこの福音書をテオフィロに献呈したときには、誕生物語を含む現在の形で献呈しているのですから、ルカは誕生物語の内容と世間での実際の呼び方のつじつまを合わせるために、この「と思われていた」という句を加えることになります。ユダヤ教社会でヨセフの子として通っていたのですから、ユダヤ人に向かって福音を宣べ伝えるときに、イエスを「ダビデの子」と呼ぶことができたわけです。
 その上でルカはヨセフの系図をさかのぼります。新約聖書にはイエスの系図はもう一つマタイ福音書(一・一〜一七)にありますが、ルカの系図がマタイの系図と違うところは、マタイの系図がアブラハムから始めてダビデに至り、さらにダビデからヨセフに至るというように時代を降っていきますが、ルカの系図はヨセフから時代をさかのぼっています。ルカの系図もダビデとアブラハムを含んでおり、イエスがダビデの子、アブラハムの子孫であることを主張することでは一致しています。
 二つの系図は、七を周期として用いる当時の黙示思想の影響でしょうか、七の倍数を好んで用いています。マタイの系図は明確にこのことを宣言しています(マタイ一・一七)。ルカの系図も七の倍数を数組用いて合計で七十七人の人名をあげています。二つの系図は、アブラハムからダビデまでは一致していますが、ダビデからヨセフまでは違っています。この違いについては様々な説明が提案されていますが、決定的なものはありません。両者とも聖書の記事をたどって作り上げた系図でしょうが、わたしたちにとって両者の異同を厳密に調べることは重要ではなく、系図をこのような形で提示した著者の意図を理解することが大切です。
 マタイの系図がアブラハムから始まり、イエスがアブラハムの子であり、ダビデの子であることを主張する意図が明白であるのに対して、ルカの系図はヨセフの先祖をさかのぼり、ダビデとアブラハムを経てアダムに至り、さらに「神に至る」としていることです。ルカがヨセフの系図を、ダビデとアブラハムを超えてアダムに、さらに神にまで至らせているのは何を主張するためであるのか、その意図が問題になります。
 マタイはユダヤ人に向かって福音書を書いていますので、イエスがアブラハムとダビデに与えられた約束を成就する子孫であることを、系図によって主張しているのに対して、ルカは異邦の諸国民に向かってこの福音書を書いています。それで、系図をアダムまでさかのぼらせて、イエスが単にユダヤ人に与えられた約束を満たすために現れた救済者ではなく、世界のすべての人類を救済するために来られた方、アダムに与えられた約束を成就するために来られた方である主張していると理解できます。なお、パウロが(コリントT一五章で)キリストを「第二のアダム」とか「終わりのアダム」と呼んだ見方を受けて、イエスをアダムと対応させるために系図をアダムまでさかのぼらせたと見ることもできます。
 しかし、神にまでさかのぼっているのは何のためでしょうか。これはイエスが神の子であることを系図の形で主張しているのだという説がありますが、これは受け入れることはできません。そうであれば、人間はすべて神の子であるというだけで、イエスの系図をたどる意味はありません。強いて言えば、アダム(人間)は神から出た者であるという聖書の人間理解を思い起こさせ、先祖をさかのぼれば神に至るイエスは、同じく神から出た者であるすべての人間を救う方であることを印象づけるためでしょう。
 系図全体として印象深いのは、アダムから出るすべての人間の中で、イエスは(他の家系ではなく)アブラハムから始まりダビデを経てヨセフに至る生粋のユダヤ人の家系に属しているという事実です。イエスは生粋のユダヤ人としてこの世に生を受けた方です。モーセ律法による敬虔を根幹とするユダヤ教徒の伝統の中に生まれ育った方です。この事実が意味するところを詳しく述べることは本稿の限度を超えますが、これからの福音書理解にとって重要な点に絞ってでも、ユダヤ教社会におけるイエスの生い立ちと立場を見なければなりません。しかし、ここでそれを扱うと、(すぐ後に見るように)本来一連の記事として扱うべきイエスのバプテスマの記事と荒れ野の誘惑の記事があまりにも遠く離れすぎますので、次章で扱うことにします。

ルカの系図がこの位置におかれていることが問題になります。もしルカが初めから誕生物語を含む形で著述をしたのであれば、系図がこの位置にあることを説明することがやや困難になります。マタイのように系図を誕生物語に含ませるのが自然でしょう。それに対して、もしルカが当初は三章の洗礼者ヨハネのことから記述を始めていたのであれば、主役のイエスが舞台に登場するこの場所こそが、イエスの家系を提示するのにふさわしい場所となります。系図の位置は、ルカはまず三章から始まる本体部分を完成した後に、別起源の誕生物語を編集して加え、現在の形の福音書を完成したと見る仮説を補強します。