市川喜一著作集 > 第15巻 対話編・永遠の命T > 第9講

第四章 御霊と真理による礼拝

       ―― ヨハネ福音書 四章 ――




第一節 サマリアの女

9 サマリアの女との対話(4章 1〜26節)

 1 さて、イエスがヨハネよりも多くの弟子をつくり、バプテスマを授けておられることがファリサイ派の人々の耳に入った。イエスはそれを知ると、 2 ―― もっともバプテスマを授けていたのはイエス自身ではなく、弟子たちであるが ――3 ユダヤを離れ、再びガリラヤへ去って行かれた。
 4 イエスはサマリアを通り抜けなければならなかった。5 そこで、シカルというサマリアの町に来た。それは、ヤコブが彼の息子ヨセフに与えた土地の近くにある町である。 6 そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れ果てて、井戸のそばに座りこんでおられた。時は第六時の頃であった。
 7 サマリアの出の女が水を汲みに来る。イエスはその女に「水を飲ませてほしいのだが」と言われる。 8 弟子たちは食物を買いに町へ行ってしまっていたのである。 9 そこで、そのサマリア人の女はイエスに言う、「あなたはユダヤ人であり、わたしはサマリア人であるのに、どうしてわたしに水を飲ませてくれと頼むのですか」。ユダヤ人はサマリア人とは交わらないのである。
 10 イエスは答えて女に言われた、「もしあなたが神の賜物のことが分かっており、また、あなたに水を飲ませてほしいと言っている者が誰であるかが分かっているなら、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生ける水を与えたことであろうに」。 11 女はイエスに言う、「主よ、あなたは汲むものをお持ちでないし、井戸は深いのです。あなたはどこからその生ける水を手に入れるのですか。 12 まさかあなたはわたしたちの父ヤコブよりも偉いのではないでしょう。彼はわたしたちにこの井戸を与え、彼自身もその子らも、またその家畜もこの井戸から飲んだのです」。
 13 イエスは答えて女に言われた、「だれでもこの水を飲む者はまた渇くであろう。 14 しかし、わたしが与える水を飲む者はいつまでも渇くことなく、わたしが与える水はその人の中で湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう」。
  15 女はイエスに言う、「主よ、わたしが渇くことのないように、また、わたしが水を汲みにここに来なくてもよいように、その水をわたしに与えてください」。 16 イエスは女に言われる、「行ってあなたの夫を呼び、ここに連れてきなさい」。17 女は答えてイエスに言った、「わたしには夫はいません」。イエスは女に言われる、「夫はいないと言ったが、そのとおりだ。 18 あなたには五人の夫がいたが、いま連れ添っているのは夫ではない。あなたは本当のことを言ったのだ」。
 19 女はイエスに言う、「主よ、あなたは預言者であるとお見受けします。 20 わたしたちの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています」。 21 イエスは女に言われる、「女よ、わたしの言うことを信じなさい。この山でもなく、エルサレムでもなく、父を礼拝する時が来る。 22 あなたがたは知らない方を礼拝しているが、わたしたちは知っている方を礼拝している。救いはユダヤ人から来るからである。 23 しかし、まことの礼拝をする者たちが霊と真理によって父を礼拝する時が来るであろう。いや今がその時である。実に父はこのように礼拝する者たちを求めておられるのである。 24 神は霊である。神を礼拝する者は霊と真理によって礼拝しなければならない」。 25 女はイエスに言う、「わたしは、『油を注がれた者』と呼ばれるメシアが来ることは知っています。その方が来られるときには、一切のことを告げてくださいます」。 26 イエスは女に言われる、「わたしはある。あなたと話している者がそれである」。

イエスのバプテスマ活動

 さて、イエスがヨハネよりも多くの弟子をつくり、バプテスマを授けておられることがファリサイ派の人々の耳に入った。(一節)

 イエスがその活動の初期には、洗礼者ヨハネと同じようにバプテスマを授けておられたことは、すでに三章二二節で明言されていました。その段落(三・二二〜三〇)でも、洗礼者ヨハネの弟子が「みんながあの人の方へ行っています」と訴えていたように、イエスの方に集まる人々は多くて、その評判と勢いは洗礼者ヨハネをしのぐものでした。おそらく、イエスのバプテスマ運動にはすでに力ある働き(奇跡)が伴っていて、民衆はイエスに大きな期待を寄せるようになっていたのでしょう。
 イエスがユダヤの地でバプテスマ活動をされており、多くの民衆が周囲に集まっていることが「ファリサイ派の人々の耳に入った」、すなわちユダヤ教の宗教当局が注目するところとなります。先にも見たように(一・二四についての注を参照)、この福音書が執筆された時期では、対立するユダヤ教側はファリサイ派だけとなっていましたから、著者はいつもイエスに敵対するユダヤ教指導層を「ファリサイ派」と呼んでいます。
 イエスの時代のユダヤ教の指導層(最高法院を構成する人々)は、民衆の間のメシア運動に対して神経質になっていました。それは、カリスマ的な指導者が現れて民衆を糾合し、それがローマの支配に反抗するメシア運動になると、ローマの権力によってある程度認められているユダヤ教団の自治権が危うくなるからです(一一・四八参照)。彼らは洗礼者ヨハネの運動に対しても、その成り行きを警戒して調査団を送っていることが先に述べられていました(一・一九〜二八)。事実、少し後に領主ヘロデは、洗礼者ヨハネの運動が民衆の間に拡大し不穏な状況が起こることを恐れて、彼を投獄し処刑します。

洗礼者ヨハネの投獄・処刑の理由と事情については、『マルコ福音書講解T』33「バプテスマのヨハネの死」を参照してください。

 イエスはそれを知ると、・・・・ユダヤを離れ、再びガリラヤへ去って行かた。(一節後半と三節)

 御自分のバプテスマ活動がユダヤ教指導層の注目するところとなったことをお知りになったイエスは、「ユダヤを離れ、再びガリラヤへ去って行かれ」ます(三節)。すなわち、ユダヤ教当局の監視の目が厳しいユダヤを離れて、ユダヤとは別の生活圏を形成しているガリラヤ、また最高法院の権力が直接及ばないヘロデ・アンティパスの領土であり、御自分のお育ちになった土地でもあるガリラヤに去って行かれます。
 この時すでに洗礼者ヨハネは捕らえられていたのかどうか、またはイエスは洗礼者ヨハネが逮捕されたことを知ってガリラヤに行かれたのかどうかは、ヨハネ福音書は沈黙しています。共観福音書は、イエスは洗礼者ヨハネの投獄を知ってガリラヤへ行かれた(マタイ四・一二)とか、「ヨハネが捕らえられた後」ガリラヤへ行かれた(マルコ一・一四)としています。洗礼者ヨハネの逮捕は、弾圧の切迫というような外面においても、またイエスの内面においてもイエスの活動の転機になったと考えられますから、共観福音書が伝えるように、ヨハネの逮捕を機にイエスは「ユダヤを離れ、再びガリラヤへ去って行かれた」と見てよいでしょう。
 ヨハネ福音書はすでにイエスがガリラヤのカナの婚礼に出向いておられることを伝えていますから(二章)、今回は「再び」ガリラヤへ行かれたと言うことになります。しかし、今回のガリラヤ行きは、前回の場合と異なり、イエスの宣教活動の質が変わる大きな転機となっています。おそらく洗礼者ヨハネの逮捕がきっかけとなった今回のガリラヤ行きの後では、イエスはもはやバプテスマを授けることはなく、バプテスマについて語られることもありません。これまではバプテスマを授けるという形で、イエスの使信は洗礼者ヨハネの宣教と深い関わりの中にありましたが、今回のガリラヤ行きを転機として、イエスの宣教は洗礼者ヨハネとは違う独自の内容を正面に出すことになります。共観福音書とくにマルコはこの転機を劇的に表現していることになります。
 なお、この福音書がイエスの行動を「ユダヤを離れ、再びガリラヤへ去って行かれた」と表現しているところに、著者がイエスの活動をエルサレムから見ていることが裏書きされています。

 ― もっともバプテスマを授けていたのはイエス自身ではなく、弟子たちである。―(二節)

 この「イエスはそれを知ると、ユダヤを離れ、再びガリラヤへ去って行かれた」(一〜三節)という構文を破る形で、この文が挿入されています。この文は、聖霊によってバプテスマする方としてのイエスを強調するこの福音書の立場から、イエスを水でバプテスマする洗礼者ヨハネと同列に置くと受け取られかねない福音書本文の記事を訂正するために、後代に(おそらく写本の段階で)挿入されたものと見られます。しかし、本来の福音書本文は三章二二節や四章一節で、イエスがバプテスマを授けたと明言しているのですから(二つの文の主語はいずれもイエスです)、わたしたちはイエスがバプテスマ活動をされた時期があったという事実から出発してよいでしょう。

サマリアを通って

 イエスはサマリアを通り抜けなければならなかった。(四節)

 「ユダヤを離れ、(北の)ガリラヤへ行く」のに、普通はすぐ北のサマリアを通り抜けるのを避けて、東に向かいヨルダン川を渡り、ヨルダン川の東側を北上し、ガリラヤ湖近くで再びヨルダン川を西に渡り、ガリラヤに入ります。ガリラヤのユダヤ人がエルサレムの祭りに巡礼するときも、同じように、ヨルダン川の東を南下するという迂回路をとりました。それは、ユダヤ人とサマリア人は仲が悪く、ユダヤ人はサマリア人を汚れた異教徒と見ていたので、接触を避けたのです(この事情については後述)。
 この時、イエスはこの迂回路をとらず、まっすぐに北上してサマリアを通り抜けてガリラヤに入ろうとされます。福音書は「イエスはサマリアを通り抜けなければならなかった」(四節)と書いていますが、なぜそうしなければならなかったのかは説明していません。その具体的な理由は推測に委ねざるをえませんが、この選択の結果は明白で重大です。すなわち、イエスがあえてサマリアを通り抜けるという道を選ばれた結果、ユダヤ教徒とは犬猿の仲のサマリア教徒に福音が伝えられ、サマリアにイエスを信じる者たちの群れが生まれたのです。この事実が福音の進展の上で重大な意義を持つことを熟知する著者が、イエスのサマリア通過の旅を、神的必然を含意する《デイ》(ねばならない)を用いて語ったと見られます。

 そこで、シカルというサマリアの町に来た。それは、ヤコブが彼の息子ヨセフに与えた土地の近くにある町である。(五節)

 イエスと弟子たちの一行は、ユダヤからまっすぐに北上し、「シカルというサマリアの町に来ます」(五節前半)。シカルは「スカル」とも呼ばれ、エルサレムから北へ約五〇キロにあるシケム遺跡の近くにある現在の「アスカル」という地ではないかと考えられます。著者は「シカル」という町について、「それは、ヤコブが彼の息子ヨセフに与えた土地の近くにある町である」(五節後半)という説明を加えています。「ヤコブが彼の息子ヨセフに与えた土地」というのはシケムを指しています。イスラエル十二部族の先祖であるヤコブが、その死の直前に特別に愛した息子ヨセフに、他の兄弟よりも大きな一つの「分け前」を与えます(創世記四八・二二)。その「分け前」(ヘブライ語で《シェケム》)がそのまま町の名となったのが「シケム」です。
 シケムは、イスラエル十二部族の定住地のほぼ中心に位置し、北のエバル山と南のゲリジム山の間にある交通の要衝です。モーセの後継者ヨシュアがここでヤハウェとの契約を結ぶ集会を開いて以来(ヨシュア記二四章)、士師たちが率いた十二部族の宗教連合の時代にはその祭儀の中心地として、さらに王国時代でも北王国イスラエルの最初の首都として、イスラエルの歴史で重要な位置を占めています。捕囚後はサマリア人のものとなりますが、前128年にハスモン王朝のヨハネ・ヒルカノスがシケムの町と近くのゲリジム山のサマリア教神殿を破壊します。その後は近くのシカル(スカル)がこの地域の代表的な町となったようです。サマリアでのイエスの働きの舞台がシケムの後継の町シカルであったことは、深い意味を持つことになります。

 そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れ果てて、井戸のそばに座りこんでおられた。時は第六時の頃であった。(六節)
 このシカルには「ヨセフの墓」と共に、「ヤコブの井戸」がありました(六節前半)。これは、ヤコブが掘り、子孫に残した由緒ある井戸と語り伝えられている井戸です。「イエスは旅に疲れ果てて、井戸のそばに座りこんでおられた」(六節中間部)。これは、イエスを神の子、あるいは地上に現れた神として描くヨハネ福音書において、イエスの人間としての弱さや感情を描く数少ない箇所の一つです(他には一一・三五)。
 「時は第六時の頃であった」と、その時刻が説明されています(六節後半)。「第六時」は正午に相当します。真昼の日照の暑さと長途の旅の疲れで、イエスも疲れ果てて、その井戸のそばに座り込まれます。この「時は第六時の頃であった」という時刻の説明は、すぐに登場するサマリアの女の事情を説明する意味もあります。水汲みはふつう朝夕の女性の仕事であったので、この時刻に水汲みに来たのは、この女性が人目を避けていることを意味することになります。

サマリア人の女とユダヤ人のイエス

 サマリアの出の女が水を汲みに来る。イエスはその女に「水を飲ませてほしいのだが」と言われます。弟子たちは食物を買いに町へ行ってしまっていたのである。(七〜八節)

 ここからイエスとサマリアの女との対話が始まります。「水を汲みに来る」は現在形で、ここから二六節までのイエスとサマリア人の女との対話の中では、「イエスは言う」とか「女は言う」と動詞はみな現在形が用いられています(ただし一〇節と一三節では「イエスは答えて言われた」という定型句が使われているので過去形)。この現在形は、ドラマ脚本のト書きのように、この場面の劇的な進行を生き生きと描いています。

この女性は、九節では「サマリア人の女」となっています。「サマリア人」は、ユダヤ教とは別と見られていたサマリア教の宗徒を指し、「サマリア教徒」と同じです。それに対して「サマリア」は地名であり、サマリアという都市を指す場合と、都市サマリアを首都とする地域(地方)を指す場合(四節)があります。本節では「サマリア出身の」という形で用いられており、都市サマリアを指していると考えられます(サマリア地方で「サマリア地方出身」というのは意味がありませんから)。この女性は都市のサマリア出身者でシカルに住んでいたことになります(地元の女性ではないという含意)。都市サマリアはシケムから北西に10キロあまりのところにあります。

 イエスが疲れ果てて井戸のそばに座り込んでおられたとき、人目を忍んで一人の女が水を汲みに来ます。正午近くに水を汲みに来るのは、この女性に何か人目を避けなければならない事情があったのでしょう。さらに、この女性はシカルではよそ者であり、町ではのけ者にされて辛い日々を送っていたのでしょう。
 イエスはその女に「水を飲ませてほしいのだが」と言われます(七節後半)。この場面がイエスとそのサマリアの女の二人だけの場面であることが、「弟子たちは食物を買いに町へ行ってしまっていたのである」(八節)という文で説明されます。弟子たちが戻ってくる(二七節)まで、対話の場面はイエスと女だけになります。ユダヤ教のラビが女性と一対一で親しく語るのは異例のことです。

 そこで、そのサマリア人の女はイエスに言う、「あなたはユダヤ人であり、わたしはサマリア人であるのに、どうしてわたしに水を飲ませてくれと頼むのですか」。ユダヤ人はサマリア人とは交わらないのである。(九節)

 ここでこの女性は「サマリア人」と呼ばれています。この名詞は九節に三回出てきます。最初に「サマリア人である女」、二番目では「あなたはユダヤ人で、わたしはサマリア人であるのに」という形で、三番目には「ユダヤ人たちはサマリア人たちと」という複数形で用いられています。三箇所ともサマリアという都市または地域の住民という意味ではなく、「サマリア教徒」という宗徒名です。この呼び方は、当時のユダヤ教徒とサマリア教徒との対立が背景になっています(この対立については後でやや詳しく説明することになります)。
 「どうしてわたしに水を飲ませてくれと頼むのですか」という問いは驚きの表現です。ユダヤ人はサマリア人を異教徒の血が混じった汚れた民であるとして、接触を避け、その食器に触れることも汚れとして避けていました。従って、ユダヤ人がサマリア人から提供される飲食物を彼らの食器を使ってとるのはきわめて異例のことになります。この女性は、一人のユダヤ教徒の男性が、一人のサマリア教徒の女性に親しく語りかけ、しかも彼女の器で水を飲ませてくれるように頼んだことに、大いに驚くのです(女であることは問題になっていません)。
 このサマリア人の女の驚きを説明するために、著者は「ユダヤ人はサマリア人とは交わらないのである」(九節後半)という説明文を対話の中に挿入します。おそらくこの文は、ユダヤ教徒とサマリア教徒との厳しい宗教的対立を知らない異邦人読者のために、著者または編集者が劇的場面の中に挿入した説明でしょう。

神の賜物

 イエスは答えて女に言われます、「もしあなたが神の賜物のことが分かっており、また、あなたに水を飲ませてほしいと言っている者が誰であるかが分かっているなら、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生ける水を与 えたことであろうに」(一〇節)。

 人間は神の賜物を知りません。わたしたちを創造された神は、親が自分の子にすべて必要な食物を備えて与えるように、わたしたちに神の子として生きるのに必要な糧を賜物として、すなわち無条件で与えようとしておられます。それだのに人間は、その神の賜物を求めないで、糧にもならぬ空しいものを求めて苦労しているのです。このことは昔預言者イザヤがきわめて印象的な表現で叫んでいます。

 「渇きを覚えている者は皆、水のところに来るがよい。銀を持たない者も来るがよい。穀物を求めて、食べよ。来て、銀を払うことなく穀物を求め、価を払うことなく、ぶどう酒と乳を得よ。
 なぜ、糧にならぬもののために銀を量って払い、飢えを満たさぬもののために労するのか。わたしに聞き従えば、良いものを食べることができる。あなたたちの魂はその豊かさを楽しむであろう」。(イザヤ五五・一〜二)

 また、人間は神の賜物をどこに求めたらよいのかを知りません。様々な宗教が神の賜物を約束して、祭儀を行い、献げ物を捧げ、戒律を守ることを要求してきましたが、それは結局「糧にならぬもののために銀を量って払い、飢えを満たさぬもののために労する」ことでしかないことを思い知るだけでした。
 そのような世界に向かって、神の賜物を知り、それをどこに求めるべきかを知る者として、この福音書はそれをサマリア人の女に対するイエスの言葉という形で告知するのです。
 もしこのサマリア人の女が、旅に疲れ渇きに苦しんで一杯の水を求めている目の前の一人の人間が、実は神から遣わされた方であることが分かっているなら、この方に頼んで神の賜物を求め、この方から「生ける水」という象徴で指し示されている神の賜物を受けたことであろう。そのように、もし世の人々が、地上で十字架につけられたイエスこそ復活して神の子とされた方であることを知ったならば、その方を信じ、その方に求めることによって、まことの命の糧である聖霊を受けるのだと、この福音書は語ろうとしているのです。
 「生ける水」というのは本来、器に入れられた水に対して、「湧き出る水」、「流れる水」を指しています。著者ヨハネはこの表現を、神が与えてくださる尽きざる命、すなわち聖霊を指す象徴として好んで用います。他の箇所(七・三九)では、はっきりと「生ける水」とはイエスを信じる者が受けることになる聖霊を指していると明言されています。ただ、この対話の場面では、イエスはまだ復活者キリストではないし、神の賜物である聖霊も降っていないのですから(七・三九)、「与えたことであろうに」という、事実でない状況の中で述べる形(仮定法)で語られることになります。
 イエスが霊のことを語っておられるのに、それを聞く者が地上の身体的または物質的な意味でしか理解しないというすれ違いは、すでにニコデモとの対話においても印象的でしたが、ここでもサマリアの女はイエスの言葉をまったく物質的な意味にしか理解できず、こう言います。

 「主よ、あなたは汲むものをお持ちでないし、井戸は深いのです。あなたはどこからその生ける水を手に入れるのですか。まさかあなたはわたしたちの父ヤコブよりも偉いのではないでしょう。彼はわたしたちにこの井戸を与え、彼自身もその子らも、またその家畜もこの井戸から飲んだのです」(一一〜一二節)。

サマリアの女はイエスに「主よ」と呼びかけています。二六節までの対話で、イエスに対する呼びかけとして《キュリオス》が用いられていますが(一一、一五、一九節)、ここでは復活者キリストを指す称号ではなく、女性が男性に敬意を込めて呼びかけるときの日常語です。

 シケム遺跡の近くには現在も「ヤコブの井戸」と呼ばれる井戸があって、その上に十字軍時代に立てられた教会の納骨堂が残っているとのことですが、その井戸は三二メートルも深さがある深い井戸です。この女性はイエスが「生ける水を与えたことであろう」と言われた言葉を、この井戸の水(これも湧き出る水として「生ける水」と呼ばれます)を汲んで与えることとしか理解できず、思わず「あなたは汲むものをお持ちでないし、井戸は深いのです」と言います。さらに、もしどこか他の所から生ける水(湧き出る水)を得て与えるというならば、この井戸を与えた父祖ヤコブと同じかもっと偉い人物になるが、まさかそのようなことはないでしょう、と不審の思いをぶつけます。サマリアの人たちは、ヤコブに特別に愛されたヨセフ系の部族であるエフライムとマナセの子孫であるとして、ヤコブを自分たちの祖として誇っていました。

 イエスは答えて女に言われた、「だれでもこの水を飲む者はまた渇くであろう。しかし、わたしが与える水を飲む者はいつまでも渇くことなく、わたしが与える水はその人の中で湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう」(一三〜一四節)。

 この人間の無理解に対してイエスは御自分が与えようとされている賜物がどのようなものであるかを明らかにされます。大地が与える井戸の水は、それを飲んで渇きを癒しても、時間が経てばまた渇くことになります。それに対して「わたしが与える水を飲む者はいつまでも渇くことがない」と言われます。この「与える」は(本節の二回の用例とも)未来形です。先に見たように、ここでのイエスの言葉においては、水は聖霊の象徴として用いられています。聖霊を与えるのは地上のイエスではなく、復活されたイエスですから、この対話の場面では「与える」は未来のことになります。すでに復活者イエス・キリストが信じる者に聖霊を与えてくださっていることを知っているヨハネ共同体は、イエスとサマリアの女との対話という地上の場面に重ねて、「わたしが与える水」、すなわち復活者キリストが与える聖霊は、それを飲む者の中で「湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせる」という、福音の核心を世界に告知しているのです。
 地上の水は外から身体に入ってきて渇きを癒しますが、また渇くので繰り返し飲まなければなりません。それに対して、復活者キリストが信じる者に与えてくださる「生ける水」すなわち聖霊は、わたしたちの中に「湧き出る水の泉となる」のです。この内から溢れる聖霊こそ、この福音書の主題である「永遠の命」の実質です。自分の内にこの「湧き出る水の泉」がなければ、いくら外に立派なものを築いても(宗教祭儀や戒律の厳しい実行も)、それはイザヤが言ったように、「糧にもならぬもののために労する空しい労苦」になります。
 この「湧き出る水の泉」である聖霊は、神の「賜物」です。それは、「渇きを覚えている者は皆、水のところに来るがよい。銀を持たない者も来るがよい。穀物を求めて、食べよ。来て、銀を払うことなく穀物を求め、価を払うことなく、ぶどう酒と乳を得よ」と言われているように、無代価で無資格の者に与えられる「恩恵の賜物」です。その賜物を受ける場所は、イエスを復活者キリストと信じる信仰の場です。ヨハネ福音書は、世の人がこの信仰によって賜物として聖霊を受け、その聖霊によって永遠の命に生きるようになるために書かれた福音書です。
 ここでサマリア人の女に一対一で語られたのとまったく同じことが、やがて七章(三七〜三九節)では、エルサレムの祭りの日に群衆に向かって公に叫ばれることになります。これは同じ使信のたんなる繰り返しではなく、サマリア教徒にもユダヤ教徒にもまったく同じ聖霊の賜物が与えられるという点で、この福音書が示す福音の本質にとって重要な意義をもっています。その意義が以下の対話(一五〜二六節)で明らかにされることになります。

五人の夫

 女はイエスに言う、「主よ、わたしが渇くことのないように、また、わたしが水を汲みにここに来なくてもよいように、その水をわたしに与えてください」。(一五節)

 イエスは水という象徴を用いて聖霊のことを語っておられるのに、サマリア人の女はここでもまだ物質の水のことを考えています。一度飲めばいつまでも渇くことがないという水があれば、もはや渇きに苦しむことはありません。自分の内に湧き出る泉があれば、もはや炎天下に人目を避けて井戸まで来て、重い水がめを運ぶという苦行をする必要もありません。そんな水は地上ではありえないことは明らかですが、世の人が霊的なことを理解できず、すべて地上での体験の範囲内で理解し、この世での利益だけを求める姿を印象的に描くために、著者はサマリアの女にこう言わせることになります。
 ここで「わたしが与える水」とは物質の水ではなく聖霊のことだと言葉で説明しても、この女性が理解できるわけではありません。イエスは、この女性を御霊の世界に導き入れることによって、イエスが言われる「生ける水」とは何かを理解させようとされます。そのためにまず、御自分の言葉がどのような質の言葉であり、それを語る者がどのような者かを示されます。

 イエスは女に言われる、「行ってあなたの夫を呼び、ここに連れてきなさい」。(一六節)
 イエスが女性に夫を呼ぶことを求められるのは、女性の不道徳な生活を暴露するためではなく、過去と現在を透視する霊的能力を現して、イエスが神から遣わされた方であることを示すためです(一章のナタナエルの場合もそうでした)。女性はすべてを見通すイエスの霊的能力と権威に圧倒されて、自分に語りかける方を神から遣わされた人物と認めることになります(一九節と二九節)。

 女は答えてイエスに言った、「わたしには夫はいません」。すると、イエスは女に言われます、「夫はいないと言ったが、そのとおりだ。あなたには五人の夫がいたが、いま連れ添っているのは夫ではない。あなたは本当のことを言ったのだ」。(一七〜一八節)
 「五人の夫がいた」というのは、この女性がこれまで次々と夫が替わり、五人の夫と暮らしたという過去の生活の実態をイエスが見通しておられることを示しています。この場合、「いま連れ添っているのは夫ではない」というのは、今一緒に生活している男性は正式に結婚している者ではない、すなわち内縁関係の男性ということでしょう。イエスの言葉は、この女性の過去や現在を非難しているのではなく、事実を正確に透視していることを示すだけです。このような生涯は、この女性が不道徳であって男を次々と取り替えたことを意味するとは限りません。病死や離縁などを繰り返す悲運の生涯もあります。それが不道徳の結果であれ悲運の結果であれ、そういう人間の側の事情に関わりなく、イエスはこのような不幸な女性に御霊の真理を与えようとされます。
 ところで、この「五人の夫」は比喩的な意味に理解することも可能です。聖書では、北王国イスラエルがアッシリアに滅ぼされた後、異邦の五つの町の住人がサマリアに移住して来て、地元のイスラエル人と結婚し、自分たちの神々を拝むようになったとされています(列王記下一七・二四〜三四)。「五人の夫」というのは、このようなサマリアの人種的・宗教的混淆を象徴すると見ることもできます。この場合、「いま連れ添っているのは夫ではない」というのは、現在のサマリア人が自分たちの神として拝んでいるゲリジム山の神は、正統な契約の相手である主ではないという意味になるでしょう。このように「五人の夫」を象徴的に理解した場合は、ユダヤ教の側から見たサマリア教への批判になりますが、たとえそのような(ユダヤ教からは異端的と批判される)宗教であっても、これから示される「御霊と真理による礼拝」の前では問題はないと主張していることになります。

宗教からの問いかけ

 女はイエスに言う、「主よ、あなたは預言者であるとお見受けします。わたしたちの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています」。(一九〜二〇節)

 この女性は、イエスが神から遣わされて神の言葉を語る預言者であると認めます。そして、この預言者に日頃から疑問に感じている宗教問題をぶつけて、神からの解答を求めます。これは、ユダヤ教とサマリア教との対立、ひいてはすべての宗教間の対立を克服する終末的な霊的現実が到来していることを知り、それを世界に告知しようとする著者が、その主題を導入するために、福音書という対話編で設定した登場人物(ここではサマリア人の女)に語らせている設問です。

ユダヤ教では、ヨシヤ王の改革(前620年頃)以来、エルサレム神殿以外の場所での礼拝を一切認めていません。捕囚以後、律法の学びと祈りのための会堂《シナゴーグ》が各地に発達しますが、過越祭などの祭儀はエルサレムに限られ、ユダヤ人は各地から巡礼してその礼拝に参加しました。
 バビロン捕囚から帰還した南王国ユダの人たちがエルサレムに神殿を再建したとき(前530年頃)、協力を申し出たサマリア人を、人種的に混血し宗教的に堕落しているからとして、ユダヤ人は拒否しました。サマリア人は対抗してゲリジム山に自分たちの神殿を建設します(前330年)。ユダヤのハスモン家の大祭司ヨハネ・ヒルカノスがサマリアを攻めてゲリジム山の神殿を破壊しましたが(前128年)、サマリア人たちはその後も神殿跡地で過越祭を守り、ゲリジム山での礼拝を続けていました。このゲリジム山での過越祭は現代に至るまで続いています。

 その宗教的疑問というのは、サマリア教とユダヤ教とがなぜ対立し、どちらが正しいのかという疑問です。「わたしたちの先祖」サマリアの人々は、「この山」すなわちゲリジム山で自分たちの神ヤハウェを礼拝してきました(この対話はゲリジム山の麓のシケム近くで行われています)。ゲリジム山での礼拝がサマリア教です。それに対して、「あなたがた」、すなわちイエスが属するユダヤ人(ユダヤ教徒)たちは、ヤハウェを礼拝すべき場所はエルサレムの神殿だけであり、その他の場所での礼拝は異端であり間違っていると主張してきました。このユダヤ教から見れば、ゲリジム山で礼拝するサマリア教徒はまことのヤハウェ礼拝から逸脱した異端者であり、異邦人との人種的混淆もあって、ユダヤ教徒が接触してはならない汚れたものでした。この女性は、このような対立の事実をどう理解して対処すればよいのかと問いかけているのです。
 この問題はユダヤ教とサマリア教の対立だけの問題ではありません。世界には多くの宗教があり、世界の民はそれぞれ昔から継承してきた固有の礼拝のシステムをもっています。そのそれぞれの礼拝のシステムが宗教です。大抵の場合、人間はどれかの宗教の中に生まれ落ちて、その宗教の中で生き、当然その宗教が唯一絶対の宗教だと思いこんでいます。したがって異なる宗教が遭遇するとき、そこには人間の力では克服することができない対立が生じます。このサマリアの女はこのような宗教間の対立の狭間に身を置いて、どうすればよいのかと問いかけているのです。これは、諸宗教が対立する世界の現実が発する問いかけを代表しています。

御霊と真理による礼拝

 イエスは女に言われる、「女よ、わたしの言うことを信じなさい。この山でもなく、エルサレムでもなく、父を礼拝する時が来る」。(二一節)

 これからイエスが語り出そうとされる内容はあまりにも人間の思いを超えているので、イエスは語り出す前に、「わたしの言うことを信じなさい」と呼びかけておられます。その上で、「この山でもなく、エルサレムでもなく、父を礼拝する時が来る」と断言されます。
 「時が来る」は現在形で語られています。これは確実な将来を告知する現在形です。この福音書では、この表現は決定的な神の働きがなされ、新しい時代が始まるような「時」、すなわち終末的な意義を担った「時」の到来を指します。ここでは、もはやこのゲリジム山でもなく、エルサレムでもなく、すべての人が別の原理で父を礼拝する時が来ることを告知しています。すなわち、ゲリジム山で礼拝するサマリア教も、エルサレムで礼拝するユダヤ教もなくなり、これまでの「宗教」上の区別が廃されて、全人類的な礼拝が実現する終末的な時代の到来を告知していることになります。
 ところで、実はこの文は、「しかし、そうではなく」という、(二三節冒頭の)反対の事実を導く強い意味の接続詞《アッラ》で二三節に続いています。すなわち、「この山でもエルサレムでもなく、霊と真理によって父を礼拝する時が来る」と、二一節と二三節が対比をなす一連の文を構成しています。その間に、その明瞭な対比を分かり難くする形で、解釈困難な二二節が割り込んできています。

 「あなたがたは知らない方を礼拝しているが、わたしたちは知っている方を礼拝している。救いはユダヤ人から来るからである」。(二二節)

 これは解釈が分かれる困難な節です。この言葉をあくまでサマリア人の女に対するイエスの言葉として、ここの「あなたがた」をサマリア人とし、「わたしたち」をユダヤ人とすると、本節の主張は「ユダヤ教は真の宗教であるが、サマリア教は偽りの(または未発達の)宗教である」と言っていることになり、この段落で表明されているユダヤ教とサマリア教の区別はもはや無意味であるという主張と矛盾します。また、本福音書全体における「ユダヤ人」についての見方とも矛盾することになります(八・一九参照)。その場合は、本節全体を後の挿入と見ざるをえないことになります(そう見る注解者も多くいます)。
 しかし、「わたしたち」を(この福音書でよく見られるように)著者が代表するキリスト者の共同体(ヨハネ共同体)とすると、「あなたがた」はユダヤ人もサマリア人も含んで、まだ古い「宗教」の枠の中にいる人たちを指すことになり、矛盾はなくなります。ここにも、イエスと相手の対話の中に、ヨハネ共同体の「わたしたち」が世に語りかける使信が重なっているという、この福音書の特色が出ていると理解することができます(三・一一を参照)。
 この場合、最後の「救いはユダヤ人から来るからである」という文は、二二節をあくまでイエスとサマリア人の女の対話の枠内で理解しようとした後代の編集者による挿入と見なければならなくなります。たしかに福音は、救い主イエス・キリストが「肉によればダビデの子孫から生まれ」と主張しています(ローマ一・三)。救いがユダヤ人から来るのは事実です。しかし、この文が先行する文の理由づけとしてここに置かれると、二二節をサマリア人に対するユダヤ人の優位を誇る意味にしてしまうことになります。それは二一節の「この山でもなく、エルサレムでもなく」という主張を否定することになるので、括弧に入れざるをえません。
 二二節を一応括弧に入れると、サマリア人の女に対するイエスの言葉は、「この山でもなく、エルサレムでもなく、父を礼拝する時が来る。しかし、そのような礼拝ではなく(このような意味が《アッラ》という接続詞一語に込められています)、まことの礼拝をする者たちが霊と真理をもって父を礼拝する時が来るであろう。いや今がその時である」という、きわめて明瞭な対比で構成されることになります。そして、このことこそがヨハネ共同体が宗教的対立に苦しむ世界に語りかける使信なのです。

 「しかし、まことの礼拝をする者たちが霊と真理によって父を礼拝する時が来るであろう。いや今がその時である」(二三節前半)。

 「霊と真理をもって父を礼拝する」とは、御霊による父との命の交わりをヨハネ流に表現したものです。たしかに、二三節の《プニューマ》には定冠詞がなく、本来霊の次元一般を指すので「霊」と訳していますが、キリストにあっては霊の次元は人間の生まれながらの精神性とか霊性ではなく、上から恩恵によって賜る神の御霊によって成立する霊なる神との交わりの次元です。したがって、ヨハネ福音書が「《プニューマ》において父を礼拝する」と言うとき、それは御霊による父との霊的次元の交わりを指していることになります。
 この「霊と真理をもって父を礼拝する」時が来ているというヨハネの宣言は、パウロの福音の延長上にあります。パウロはローマ書八章(とくに一五〜一六節)で、わたしたちキリストにある者は御霊によって「アッバ、父よ」と叫び、神の子として父なる神との交わりに生きるのだと語っています。その現実がここでは「霊と真理をもって父を礼拝する」と表現されているのです。ヨハネは直接パウロを継承しているのではないでしょうが、パウロとヨハネには深い親近性が見られます。
 御霊による父との交わりは、ヨハネ福音書の用語では、同時に「真理における」父との交わりです。ヨハネ福音書において「真理」とは、虚偽とか空虚に対するだけでなく、影とか象徴とかに対して実質とか本体(リアリティー)を指す用語です。そして、御霊こそわたしたちを真理(リアリティー)に導き入れてくださる「真理の霊」ですから(一六・一三)、「御霊によって」と「真理によって」が一息に語られることになります。
 この対話では、ゲリジム山での礼拝とかエルサレム神殿での礼拝と対比して御霊の現実が語られているので、御霊による父との命の交わりが「礼拝」という宗教用語で表現されています。そして、「御霊と真理をもって」父との交わりに生きることが「まことの礼拝」あるいは「本物の礼拝」として、諸宗教の礼拝行為と対照されます。今キリストにあって御霊による父との交わりの現実に生きるヨハネ共同体は、自分たちこそこのような「まことの礼拝」をしている者であると宣言します。
 イエスがサマリアの女に語っておられるときは、「まだ聖霊が降っていなかった」(七・三九)のですから、そのような「時が来るであろう」と未来形で語られています。しかし、すでに御霊によって父との交わりに生きる現実を知っている著者は、すぐに「いや今がその時である」と付け加えます。ここにも、イエスとサマリアの女との対話にヨハネ共同体の世に対する使信が重なっている書き方が見られます。そして最後に、御霊による礼拝こそ「まことの礼拝」であることを理由づける文を加え、世に向かって「まことの礼拝」に加わるように呼びかけます。

 「実に父はこのように礼拝する者たちを求めておられるのである。神は霊である。神を礼拝する者は霊と真理によって礼拝しなければならない」(二三節後半〜二四節)。

 このような霊と真理によるまことの礼拝が実現した今、父はすべての人が祭儀による影の礼拝ではなく、霊と真理による「まことの礼拝」を捧げるようになることを求めておられるのだから、キリストに来ることによってこの「まことの礼拝」に加わるようにと、この福音書は世界に呼びかけます。
 先に見たように、ここではゲリジム山での礼拝とかエルサレム神殿での礼拝と対比するために「礼拝」という用語で語られていますが、ここで父が求めておられる「礼拝」は、教会や寺院で行われる特別な宗教的礼拝行為が霊的な高揚の中で行われることではなく、日常の生活そのものが御霊によって導かれて神に喜ばれる献げ物になることです。このこともすでにパウロが求めていたことでした。パウロは、ローマ書一〜一一書でキリストにおける救済の現実を語った後、一二章から実践的な勧告に入るとき、その冒頭でこう言っています。「あなたがたの身体を、神に喜ばれる聖なる生きたいけにえとして献げなさい。それがあなたがたの霊的な礼拝です」(ローマ一二・一)。 キリストにあって御霊に導かれてこの身体をもって生きる日々の生き方が「霊的礼拝」となるのです。この「霊的礼拝」が基本原理となるとき、各宗教の礼拝行為は相対化されることになります。

キリスト教も含む「宗教」の相対化が何を意味するかについては、拙著『教会の外のキリスト』の終章「キリストの絶対性とキリスト教の相対性」を参照してください。

 最後に、父がこのように礼拝する者を求められる理由が改めて付け加えられます。これまで人間との関係の中で神は「父」と呼ばれてきましたが、ここで「神は霊である」という神の本性が述べられて、「霊と真理によって礼拝する」必要が根拠づけられることになります。すなわち、神は霊であるから、礼拝する者は御霊によってはじめて、神と現実的な関わり(真理)を持つことができるのです。御霊によらないで人間が自分の行為として捧げる礼拝は、それがどのように壮麗であったり激しいものであっても、神との交わりを形成することはできないのです。それは(パウロの用語では)肉であり、霊なる神との関わりを持つことができないからです。

一切を告げるメシア

 女はイエスに言う、「わたしは、『油を注がれた者』と呼ばれるメシアが来ることは知っています。その方が来られるときには、一切のことを告げてくださいます」。(二五節)

 イエスがそのような時が来るであろうと未来形で語られたのを受けて、女はイエスにこう言います。この女性は、聖霊が降る以前にいる者として、「いや今がその時である」という言葉を理解できる立場ではありません。そのような霊と真理による礼拝は、将来メシアが世に来られるときに実現するものと期待しています。神が終わりの日に世に遣わしてくださるメシアは、「一切のことを告げてくださり」、今はどうしても解決できないユダヤ教とサマリア教との対立というような問題も解決してくださるのだと期待を表明します。

ここで「『油を注がれた者』と呼ばれるメシア」と訳した原文は、「キリストと呼ばれるメシア」です。ギリシャ語底本はこの《クリストス》を小文字で始めています。すなわち、福音が告知する「キリスト」という称号(この場合は大文字で始まる)ではなく、「油を注がれた者」という普通名詞として扱っていることになります(一・四一の注を参照)。「キリストと呼ばれるメシア」と訳すと、キリストという称号を指すことになり、サマリア人の言葉としては合わなくなります。サマリア教でも、ユダヤ教と同じく、申命記一八・一八のモーセの預言に基づいてメシアの到来を待ち望んでいました。サマリア教では、来るべきメシアはモーセの再来として待ち望まれており、「ターヘーブ」(再来者)と呼ばれていました。この女性(サマリア教徒)は、申命記一八・一八の「彼はわたしが命じるすべてを彼らに告げるであろう」を、いっさいの疑問を解決する啓示を告げるという意味に取って、その期待を語っています。

 イエスは女に言われる、「わたしはある。あなたと話している者がそれである」。(二六節)

 この女性が未来に期待していることが、現にいま目の前に来ているのだとイエスは断言されます。原文では、イエスの答えはまず「わたしはある」《エゴー・エイミ》という重要な言葉が来て、その後に「あなたと話している者が」という主格の名詞が続いています。《エゴー・エイミ》というギリシア語は、英語のI AM に相当する語法で、共観福音書では最高法院での裁判(マルコ一四・六二)とか、湖上に顕現された時(マルコ六・五〇)など、イエスがご自分の栄光の本質を啓示される特別の場合だけに出てくる言葉です。それに対して、ヨハネ福音書では地上のイエスが対話の中でたびたびこの表現を用いておられます(ここや八・二四、八・二八など)。これも、この福音書では地上のイエスが栄光の復活者キリストと深く重なって語られている結果です。ここで福音書は、いまサマリアの女と話しているイエスこそ、栄光の復活者キリストであると世に告知しているのです。

《エゴー・エイミ》については、拙著『マルコ福音書講解T』278頁の「エゴー・エイミの秘義」、および本書319頁の「特注―ヨハネ福音書における《エゴー・エイミ》」を参照してください。

 このように、地上のイエスを物語りながら、栄光の復活者キリストを告知するという重なりは、この福音書の各所に繰り返し出てきます。将来に待ち望まれている終末的な出来事が、今この福音書が告知する栄光の復活者キリストにおいて実現しているのだという宣言は、このサマリア教徒の場合と同じように、一一章ではユダヤ教徒に対して行われています。マルタがユダヤ教徒として死者の復活が終わりの日に起こると期待しているのに対して、イエスは「わたしが復活である」と宣言されます(一一・二四〜二六)。この「わたし」(原文では強調の《エゴー》)は復活者キリストです。