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まえがき

 市川喜一著作集ではこれまでに「パウロによるキリストの福音」シリーズ5巻を刊行して、使徒パウロが宣べ伝えたキリストの福音の姿を追究してきました。そのシリーズでは、パウロの真筆とされる七書簡によってパウロの福音の内実を探求し、最後にローマ書の講解という形でその内容をまとめました。本書では、その「パウロによるキリストの福音」シリーズの後を受けて、パウロ以後の時代にキリストの福音がどのように展開し、どのような姿を取ったのかを追究しています。
 「パウロ以後の時代」というのは、六〇年代前半と見られるパウロの殉教の後、六〇年代後半のユダヤ戦争、特にそのクライマックスであるエルサレムの陥落と神殿崩壊(70年)から始まり、新約聖書の最後の文書が書かれた時期(おそらく一世紀末か二世紀初頭)までの時代を指しています。この六〇年代前半は、パウロだけでなくペトロも殉教し、エルサレム教団の統率者である「主の兄弟ヤコブ」も殉教し、使徒たちの世代が世を去っており、この「パウロ以後の時代」は使徒の後継者たちが指導的な立場で活躍した時代になります。
 この時代にキリストの福音がどのような形を取ったのかを追究することが本書の主題ですが、すべての地域の福音の展開を追うことはできませんので、パウロの福音活動によって成立したエーゲ海周辺地域の諸集会における「パウロ以後」を追うことになります。ただ、この時代にエーゲ海地域の諸集会と密接な関わりをもつに至っているローマも視野に入ることになります。
 パウロ以後にこの地域のキリストの民を指導したパウロの後継者たちは、パウロの名によって書簡を書いて、その信仰を表現し、彼らが伝えるキリストの福音を提示しています。従って本書は、パウロの後継者たちがパウロの名によって書いた書簡を取り扱うことになります。本書では、このようなパウロの名によって書かれた書簡を「パウロ名書簡」と呼んでいます。ただ、この使徒後の時代には、「パウロ名書簡」だけでなく、ペトロをはじめ他の使徒または使徒に準じる著名な人物の名を用いて、キリストの民を励まし指導する手紙や論説が書かれるようになっています。「パウロ名書簡」を含めて、そのような使徒の名を用いて書かれた文書を、本書では「使徒名書簡」と呼んでいます。この「パウロ以後の時代」は「使徒名書簡」の時代となります。
 こうして本書は、おもに六つの「パウロ名書簡」と、他の「使徒名書簡」を扱うことになります。六つの「パウロ名書簡」とは、コロサイ書、エフェソ書、テサロニケ第二書、テトス書、テモテ第一書、テモテ第二書です。他の「使徒名書簡」には、ヘブライ書、ペトロ第一書が含まれます。さらに、本書でヨハネ黙示録を取り上げています。これは「使徒名書簡」ではありませんが、この時期にパウロ系の諸集会の中心地であるエフェソ周辺地域で成立した文書として、本書の主題に密接な関係がありますので、ここで扱うのが適切と考えたからです。
 なお、本書では「附論」として、「公同書簡」に含まれるヤコブ書、ユダ書、ペトロ第二書の三書簡を取り上げています。この三書簡はエーゲ海地域の「パウロ以後」とは直接の関係はなく、ユダヤ教内のキリスト信仰として別枠で扱うべき性格の文書ですが、他の巻に入れるのが困難ですので、この巻の「附論」として入れておきます。本論のパウロ系の諸文書と対比することにも意味があろうかと思います。
 このささやかな「キリストの福音」追究の営みが、読者の信仰に少しでも寄与することを祈って、お手元に届けます。

二〇〇七年 六月
               京都の古い町並みの中から
                    市 川 喜 一