市川喜一著作集 > 第7巻 マタイによるメシア・イエスの物語 > 第34講

第二節 三つのたとえによる終末説教

はじめに(25章)

 前節で、マルコ福音書一三章の「小黙示録」をかなり忠実に継承したマタイの「黙示録的終末説教」(二四章)を見ましたが、そこでもすでにマルコとの状況の違いから来るマタイ独自の解釈と表現があることに注目しました。マタイはエルサレム神殿が崩壊してから十数年経ったころに福音書を書いています。世の終わりそのものであると見られていた神殿の崩壊にさいしても、「人の子の来臨」はありませんでした。世界はそのまま存続し、悪しき者が支配する旧いアイオーンは続いています。信徒の群れは、その歴史の中を歩む覚悟をしなければなりません。そのような状況で大切なことは、「キリスト来臨」の待望を失うことなく、それがいつ起こるか分からないという緊迫感をもっていること(目を覚ましていること)と、主が来られるまでに主から与えられた使命を忠実に果たすことです。マタイはこの二点を説くための説教を、彼がこれまでもしてきたように、三つ一組のたとえで行います。それが、マタイの終末説教の後半(二五章)を構成します。

 来臨待望についてのマルコとマタイの違いは、おもにそれぞれが置かれている状況の違いから来ると考えられますが、マタイ共同体が本来「語録資料Q」の伝承に立つ共同体であることによる面もあると見られます。マルコの「小黙示録」では、当時の黙示思想の枠組みに忠実に、神の御計画による一連の苦難の出来事の後に終末が到来します。それに対して、「語録資料Q」では、終わりの日は「突然、思いがけない時に、稲妻のように」到来する(ルカ一七章二三〜二四節、二六〜三〇節、三四〜三五節)のであるから、それがいつ起こってもよいように、目を覚まして備え、与えられた役目を忠実に果たしているという姿勢が強調されます(ルカ一二章三九〜四〇節、四二〜四六節)。マタイは、マルコに伝承された「小黙示録」をかなり忠実に継承していますが(この点では、マルコの「小黙示録」をかなり劇的に変更して用いているルカと異なります)、自分たちが置かれている状況からも、「語録資料Q」の伝承を改めて強調し、それを拡大して用いていると見られます。

「十人のおとめ」のたとえ(25・1〜13)

 まず、「目を覚ましていなさい」という勧告が、「十人のおとめ」のたとえ(二五・一〜一三)でなされます。このたとえは他の福音書にはなく、マタイだけにあるたとえです。そして、このたとえは一つ一つの細部に対応する意味を持たせた教訓的な物語、すなわち寓喩になっています。おそらく、これは「語録資料Q」などの伝承素材を用いて、マタイ自身が形成した寓喩であると見てよいでしょう。
 「語録資料Q」には、主の来臨がいつあるか分からないのだから、それがいつであっても迎えに出ることができるように目を覚ましていなさいという勧告の語録があり、マタイはすでにそれらの語録を、「ノアの場合」や「泥棒」のたとえと「忠実な僕と悪い僕」のたとえで用いました(二四・三七〜五一)。そしてさらに、「語録資料Q」には、夜中に婚宴から帰ってくる家の主人の比喩(ルカ一二・三五〜三八)があります(この比喩が「語録資料Q」に属するかどうかは確かではないとされていますが、可能性は大きいと考えられます)。たしかに、当時の婚礼の宴は夜を徹して行われ、招かれた客が家に帰るのは夜中になるのが普通であり、しかもいつになるか分からないのですから、主の来臨が遅いと感じられている状況で用いるのにもっとも適した比喩であるわけです。マタイはこの比喩を拡大し、主人公を花婿自身にした寓喩に仕上げます。
 救済の時を花婿が到着した婚宴にたとえて語ることは、預言者以来の伝統です(イザヤ六二・五)。イエスもご自身を花婿にたとえて語っておられます(九・一五、マルコ二・一九)。マタイは、「キリストの来臨」を婚礼の宴への花婿の到着という比喩で語り、その時に備える心構えを「十人のおとめ」の寓喩で諭すのです。「おとめ」というのは、花嫁の付添として婚礼に参加する未婚の女性たちです。これは、キリストの来臨を待望するキリストの民に与えられた訓戒です。「それぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く」十人のおとめはキリストの民を指しています。その民の中で「五人は愚かで、五人は賢かった」のです。マタイは、このたとえでキリストの民に、「五人の愚かなおとめ」の愚かさを警告し、「五人の賢いおとめ」になるように説き勧めるのです。
 「ともし火」というのは、木の小枝の束に布を巻き、それにオリーブ油などをしみこませたたいまつで、火をつけるとしばらくはあかあかと燃えますが、油が切れると消えます。それで、長く持たせるには、別に油を用意して、消える前に補給しなければなりません。賢いおとめは、この補給用の油を「壺に入れて」用意していたのです。ところが、愚かなおとめは「ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった」のです。
 「ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった」という比喩は、キリストの来臨が遅れていると感じられ、来臨への待望が疑念や不安の中に消えようとしている状況を指します。マタイの時代は、まさにこのような状況であったのです。しかし、「真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした」のです。すなわち、夜も更けて、世界が眠りに沈むとき、まさにその時、世界が終末への無関心と無感覚に陥っている時に、花婿として御自分の民を迎えるために来られる主キリストの来臨が起こるのです。
 その時に、同じように眠っているように見えるおとめが選別されて、油の用意をしていた賢いおとめ五人は、燃えるたいまつをかざして花婿を迎え、婚宴の席に入ります。一方、油の用意をしていなかった他の五人も、たいまつをかざすのですが、すぐ油が切れて消えそうになり、油を買いに行っている間に戸が閉められてしまいます。そのように、賢く準備していた者は栄光に迎え入れられ、準備をしていなかった愚かな者は「はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない」という厳しい言葉で、外の暗闇に投げ出されます。こうして、このたとえは「だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから」という明確な訓戒を与えられて閉じられます。
 このたとえで問題は、「油」が何を指すのかです。このたとえでは、花婿が到着するまでは、十人のおとめはみな眠り込んでいたのですから、「目を覚ましていなさい」という警告は「油を用意している」ことを求めることになります。では、「油」とは何を指すのでしょうか。マタイは、他の寓喩と違い、ここではいっさい示唆を与えていません。聴く者の解釈に委ねられています。強いてマタイが考えていることを推察すれば、花婿が愚かなおとめに言った「はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない」という言葉は、山上の説教の最後で、誰が天の国に入るのかについて語られたところで、「不法を働く者ども」に対して言われた主の言葉(七・二三)を思い起こさせます。マタイの基本的な姿勢からすれば、同じように主の名を呼び、キリストの民に属しているという形をとっていても、あの山上の説教で明らかにされた「ファリサイ派の人々にまさる義」を行っていない者は、この言葉によって婚宴から閉め出されるのだと警告していると推察してもよいでしょう。
 しかし、現在のわたしたちがこのたとえを聴くとき、「油を用意していなさい」という警告は、「御霊によって歩んでいなさい」と聞こえます。これは、聖書では「油」は聖霊の象徴であるので自然な連想ですが、それ以上に、パウロ的な福音に生きている者にとっては、これ以外の理解はできない必然的な聴き方になります。このたとえの主眼点は、おなじ形の「ともし火」を用意していても、それを燃やす油を用意していなければ、主の来臨の備えにはならないという教訓にあります。この点は、まさにパウロが強調した点に他なりません。いくらキリスト教の形を整えていても、「キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません」(ローマ八・九)。福音がもたらす「信仰と愛と希望」の炎をあかあかと燃やし続けるのは聖霊の油です。わたしたちキリストに属する者は、聖霊によって「信仰と愛と希望」の火を燃やし続けて、主の来臨の時を待つように召されているのです。これは、テサロニケ第一書簡をはじめ、どの書簡においてもパウロが強調してやまないところです(詳細はパウロ書簡の講解に譲り、ここではパウロの福音の立場からする「油」の解釈にとどめます)。

「タラントン」のたとえ(25・14〜30)

 マタイは次に「タラントン」のたとえを置きます(二五・一四〜三〇)。このたとえはルカ(一九・一二〜二七)に並行箇所があり、「語録資料Q」から取られていると見られます。ルカでは、旅に出る主人は王の位を受けるために遠い国に旅立った者とされ、彼が王になることを望まないで、後から使者を送って即位を妨害した国民を、王位を受けて帰国したときに殺したという筋が加えられています(一二、一四、二七節)。マタイは、このような変更はせず、本来の僕としての忠実さを勧告するたとえの姿を保持しています。

 ルカは、よく知られていたアルケラオスの即位(前四年)のさいの事件(ローマで王位を受けたアルケラオスが帰国したとき、後から使者を送って即位を妨害した者たちに残忍な仕方で報復した事件)という史実を用いて、エルサレム陥落をイエスの王としての即位を認めなかったユダヤ人に対する神の審判であるとする物語を、このたとえに付け加えています。主人が王位を受けて帰国するという筋書きを別にすると、マタイとルカは委ねられた資産をどれだけ忠実に用いたかという主題で一致しています。しかし、たとえの語り方はかなり違っています。ルカでは、金額が「ムナ」で表現され、十人の僕にそれぞれ一ムナづつ預けられています。それに対してマタイでは、金額は「タラントン」で示され、「それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けた」となっています。一ムナはギリシアの銀貨で一〇〇ドラクメに相当し、一タラントンはギリシアで用いた計算用の単位で、六〇〇〇ドラクメに相当します。一ドラクメは一デナリオンと等価で、ほぼ一日分の賃金に当たる金額ですから、現在のわたしたちの金銭感覚では、預けられた金額は、(仮に一デナリオンを一万円とすると)ルカではそれぞれが一〇〇万円、マタイでは、五タラントンの僕は三億円、二タラントンの僕は一億二千万円、一タラントンの僕は六千万円を預けられたことになります。マタイとルカがそれぞれ「語録資料Q」をかなり自由に脚色して使用している様子がうかがえます。なお、このたとえの「タラントン」が後に、それぞれの人間に神から与えられた(生得的な)才能とか能力を意味する「タレント」(英語)という語になり、それが日本ではなぜかテレビに出演する芸能人を指す用語になっています。

 このたとえでは、主人の帰宅(キリスト来臨)は突然ではなく、「かなり日がたってから」とされており(一九節)、来臨の遅延が問題となっている状況がうかがえます。しかし、たとえ遅くなっても、必ず「清算」が行われるのです(一九節)。「神の支配」は「決算」を経て実現するのです(ここの「清算」、一八・二三の王が家臣とする「決済」、ルカ一六・二の不正な管理人のたとえの「決算書(会計報告)」の原語はみな同じ《ロゴス》です)。マタイは、長い留守の後に帰宅した主人が、資産運用を委ねた使用人たちと決算をすることを比喩として、それぞれ主から賜物をいただいている集会の人たちに、その賜物を生かして用い、主に喜ばれる成果をあげるように説き勧めるのです。
 五タラントン預けられた者はそれで五タラントンもうけ、二タラントン預けられた者はそれで二タラントンもうけ、主人から「忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ」と言われています。主からの賜物を忠実に用いて、主の民によく仕える僕は、さらに大きな使命を与えられ、最後には主と栄光と喜びを共にすることになるというのです。

 この「少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう」と同じ内容の言葉がルカ一六・一〇でも用いられており、共通の語録伝承があったことをうかがわせます。三億円も預けられたのは「少しのもの」という感じではありませんが、マタイはたとえを印象的にするために大きな金額にしましたが、一方で伝承された語録をも忠実に用いたのでしょう。ルカは「不正な管理人」のたとえで、この語録を少し違った意味合いで用いています。

 ここで問題になるのは、主人から預けられた「一タラントンを地の中に隠しておいた」者への処分です。一タラントン預かった者は、地中に隠した理由を、「あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、恐ろしくなり」隠したのだと言っています。「蒔かない所から刈り取る」などというのは不合理なことですが、これは厳しく成果を要求することを表現していると理解してよいでしょう。この僕は主人が厳しく成果を要求する方であることを知っているので、少しでも減らしたときの処罰を恐れて、預けられた金を地中に隠したのです。ところがこの安全策は、厳しく成果を要求する主人から、「銀行(両替商、貸し金業者)に入れておく方がよかった」(当時の貸し金業者の利率は高かったようです)と厳しく非難され、安全に保持した一タラントンも取り上げられて一〇タラントン持っている者に与えられます。それだけでなく、「役に立たない僕」として、「外の暗闇に追い出されて」しまいます。
 ここで「だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる」という語録が引用されています。この語録は、マルコ(四・二五)ではまったく別の文脈に置かれ、たとえを聴く態度について用いられています。おそらく、「語録資料Q」を形成した人たちが、この語録の意味を解説するために、その怠慢が非難されるだけでなく、その一タラントンも取り上げられてすでに多く持っている者に与えられたという筋を加えたのでしょう。
 このたとえの解釈の上でさらに重要なことは、この僕は主人の資産の管理から外されただけでなく、「外の暗闇に追い出された」ことです。すなわち、主から委ねられた能力を生かして使命を果たさない僕は、主の来臨のときに、報酬を受けないだけでなく、「泣きわめいて歯ぎしりする」地獄の暗闇に落ちるというのです。この点は、油を用意していなかった五人の愚かなおとめと同じです。そうすると、この預けられたタラントンを地中に隠すというのは、使命に不忠実な怠慢というだけでは済まない問題であることになります。

 ルカ版では、この僕は一ムナを取り上げられるだけで、「外の暗闇に追い出される」ことはありません。主人が王位を受けることを妨害した「敵ども」は打ち殺されますが、この「僕」は報酬はないが主人の家にとどまることになります。

 ここでもパウロの場合と比較してみましょう。パウロ書簡では、聖霊によって主から各人に与えられる能力は「賜物」《カリスマ》と呼ばれています。その「賜物」の内容は様々で、集会のメンバーは「キリストのからだ」の肢体(メンバー)として、それぞれの役割を果たすように求められています。しかし、その働きによって、終末の審判において栄光に入るか断罪されるか決まるという問題はありません。それに対して、マタイのこのたとえでは、臆病か怠慢で能力を用いず成果を上げなかった僕は断罪されています。そうすると、マタイが問題にしているのは、たんに賜物を忠実に用いて成果をあげたかどうかという問題ではなく、形は主の僕として仕えているが、真に主に属する者かどうかが問題になっていることになります。だいたい二五章の三つのたとえはみな、「主の来臨」を前にして、その時に断罪されて暗闇に追い出されることのないように、主の民に警告するためのたとえです。その断罪は、それぞれのたとえで、「わたしはお前たちを知らない」(一二節)とか、「外の暗闇に追い出せ」(三〇節)とか、「呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ」(四一節)という結論をなしています。そうするとこの「タラントン」のたとえも、賜物に忠実な働きによって成果を上げたかどうかの問題ではなく、主の御心を行って(「ファリサイ派の人々に勝る義」を行って)真に主に属する者であることを求めるたとえになります。「語録資料Q」の段階では賜物に忠実な働きを求めるたとえであったかもしれませんが、マタイが「外の暗闇に追い出される」を加えてここに置いたことにより、このたとえは質を変えたと見ることができます。

「羊と山羊」のたとえ(25・31〜46)

 最後に「羊と山羊」のたとえ(二五・三一〜四六)が置かれます。これもマタイだけにあるたとえです。しかしこれは、たとえというより、羊と山羊を分ける羊飼いを象徴として用いて、「人の子」として来臨される主が民を裁かれる様子を語る終末説教です。ここで語っているのは、もはや羊飼いではなく、「王」です。すなわち、栄光の位に座して世界に来臨される「人の子」です(三一節)。たとえであれば、羊飼いが語らなければなりません。
 羊と山羊は、一見同じような姿をしていますが、性質はずいぶん違うようです。羊飼いは、羊と山羊を分けて扱わなければなりません。羊飼いは、夕方に群れをまとめて帰るとき、羊と山羊を分けて連れて帰ります。そのように、終わりの日に来臨される「人の子」は、王なる審判者として、「すべての国の民」をみ前に呼び集め、二つに分け、別々の取り扱いをされます。一方の群れに対しては、「さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい」と語られ、他方の群れには、「呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ」と宣告されます。このような終末的な審判の表現は、当時のユダヤ教黙示思想の表現を受け継ぐものであって、審判の様子はこのたとえの主眼点ではありません。重要なことは、民が二つに分けられる原理です。マタイはこのたとえでそれを語りたいのですし、わたしたちもその点をしっかり聴かなければなりません。
 王は祝福された者たちに、「お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ」と言っています。ところが、このように言われた「義人たち」は、「いつ、そのようなことをしたでしょうか」と問い返しています。すなわち、彼らは主にそのような愛の業をしたとは自覚していないのです。彼らに主は言われます、「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」。
 一方、呪われた者たちに王は言います、「お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせず、のどが渇いたときに飲ませず、旅をしていたときに宿を貸さず、裸のときに着せず、病気のとき、牢にいたときに、訪ねてくれなかったからだ」。彼らも「いつ、それをしなかったのでしょうか」と反問します。彼らにも主は同じように、「この最も小さい者の一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったことなのである」と答えられます。
 マタイがこのたとえで言いたいことはこの一点です。すなわち、「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことであり、しなかったことは、わたしにしなかったことである」という一点です。「この最も小さい者の一人」に愛の業をしたかしなかったかで、すべての人間は神の審判の場で二つに分けられるというのです。それは、この「最も小さい者の一人」は主イエスの兄弟であるからです。イエスはご自分を「小さい者」と一つにしておられるのです。
 イエスは地上におられるとき、ユダヤ教社会では「罪人」と呼ばれて疎外されていた人たちを「貧しい人々」と呼び、彼らと食事を共にして、彼らの仲間となって歩まれました。このような人たちを、ここでは「小さい者」と呼んでおられるのです。その「小さい者」の姿が、ここで具体的に「飢え、渇き、旅にあり、裸であり、病気であり、牢にいる」と描かれるのです。そのような状態の人は、必要なものすら持たず(奪われ)、社会では無力なものとして、苦しめられています。イエスはそのような人たちと自分を一つにして、「わたしの兄弟」と呼ばれるのです。
 それゆえ、この「最も小さい者の一人」にしたことは、主イエスにしたことになるのです。このような愛の業をするということは、この「最も小さい者の一人」を受け入れていることを意味するので、「小さい者」に愛の業をすることは、「小さい者」と一つになっておられる主イエスを自分の中に受け入れているのです。そして、主イエスを受け入れる者は、イエスを遣わした父を受け入れているのです。このことは、マルコ(九・三七)にも、「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである」という形で伝えられています(マタイでは一八・五を参照。ここで子供は無力な者、「小さい者」の象徴として用いられています)。
 また、イエスの名のために「小さい者」になしたどのように小さい愛の業も必ず神からの報いを得るということが、別の語録で伝えられています。「はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さい者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける」(一〇・四二)。マタイは、このような語録を基にして、このマタイ独自の「羊と山羊のたとえ」を形成したと考えられます。このたとえは、マタイだけにあるたとえですが、マタイの創作ではなく、伝えられた語録を基にして、その精神を具体的な物語として、マタイが書き上げたものでしょう。しかし、このような説教を書き上げて、イエスの遺言とでもいうべき最後の語録集の最後に置いて締め括ったことは、マタイの大きな功績の一つであるとわたしは考えています。このたとえによって、ややもすると観念的な空想に陥りがちな黙示思想が、愛という福音的な原理に包摂されることになり、その後のキリスト教の展開に大きな影響を及ぼすことになったからです。
 なお、マタイがこのたとえで、祝福された人たちについて「義人」という表現を用いていることは示唆的です。マタイは、天の国に入るのは「ファリサイ派の人たちにまさる義」を行う者だとしていますが(五・二〇)、ここで「小さい者」を受け入れて愛の業を行うことこそ、神に受け入れられる義であるとしていることになります。これは、「父が慈愛深いように、あなたがたも慈愛深い者になりなさい」という、「恩恵の支配」の場における根本原理を具体的に説く名説教です。マタイ福音書は、一見ユダヤ教の律法学者的な雰囲気を多分に残していますが、「恩恵の支配」という福音の根本原理をよく貫いていることを見落としてはなりません。