市川喜一著作集 > 第3巻 マルコ福音書講解T > 第43講

43 ベトサイダの盲人  8章 22〜26節

22 それから、一行はベッサイダに着いた。すると、人々が一人の盲人をイエスのもとに連れてきて、その人に触ってくださるようにと願った。 23 イエスはその盲人の手を取って村の外に連れ出し、その人の両眼に唾をつけ、両手を当てて、「何か見えるか」と尋ねられた。 24 その盲人は顔を上げて言った、「人が見えます。木のように見えますが、歩いているのが分かります」。 25 そこで、イエスはもう一度その人の両眼に手を当てられた。その人がじっと見つめていると、すっかり癒されて、すべてのものがはっきりと見えるようになった。 26 イエスは、「村には入って行かないように」と言って、その人を家に帰された。

目が見えないイスラエル

 マルコはここで初めて盲人の癒しを取り上げる。マルコは、イエスが終わりの時のしるしとして上げられた「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、らい病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り」(マタイ一一・五)という言葉は伝えていないが、その事実を一つ一つ伝えて、イエスが「来るべき方」であることを示してきた。最後にここで「目の見えない人は見え」という業を伝えて、メシア時代のしるしのリストを完成する。
 この盲人の癒しの場合、癒しをもたらす直接的な言葉が欠けていることが注目される。しかし、「何か見えるか」という質問の形で見ようとする行動が引き出されて、「見なさい」という命令と同じ結果になっている。「唾をつけ手を当てる」という形式は、当時の医療行為に広く見られた形であり、初代の教団も「油を塗り、手を置いて」多くの病人を癒したのである。イエスの場合、この形式は決して呪術的行為ではなく、自分の内にある力を相手に注ぎ入れるために、相手と一つになろうとする捨身の行為なのである(このような理解は、病人のために神に祈った経験のある者であれば分かるであろう)。この人の場合は、ただちに癒されて見えるようになったのではなく、だんだんと見えるようになってきたと報告されている。神の力による癒しにも様々な形態があることが分かる。
 この記事は一読するだけで、先の聾唖の人の癒しの記事(七・三一〜三七)と大変似ており、一対の記事であることが分かる。群衆や村から連れ出して一人だけにして癒しておられること、唾をつけ手を当てて癒しておられること、村に入って人々に言い触らさないように命じておられることなどが共通している。そして何よりも置かれている位置が共通しており、同じ意義を担った記事であることが示唆されている。聾唖の人の癒しは、五千人にパンを与える出来事、復活を指し示す湖上の顕現、清めの問題で学者や弟子たちの無理解が明らかになった後に置かれており、この盲人の癒しは、四千人にパンを与える出来事の後、証明を求める学者やパンの欠乏を論じ合っている弟子たちの盲目を示した後に置かれている。これは「耳があっても聞こえず、目があっても見えない」イスラエルの民に対してイエスが深く嘆いておられること、そして、その聞こえない耳を開き、見えない目を見えるようにするのは神の力だけであることを示すためである。それを示すことによって、この二つの記事は同時に、この後にイエスが語り出そうとしておられる「人の子」の奥義についての準備にもなっている。