市川喜一著作集 > 第3巻 マルコ福音書講解T > 第15講

15 安息日の癒し 3章 1〜6節

1 それからまた、イエスは会堂に入られた。するとそこに、片手がなえた人がいた。 2 人々はイエスを告発しようとして、安息日にその人を癒されるかどうかを窺っていた。 3 そこでイエスは片手のなえたその人に、「立って、中に出てきなさい」と言い、 4 人々に向かって、「安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらが律法にかなっているのか」と言われた。ところが彼らは黙っていた。 5 そこでイエスは怒りをもって彼らを見回し、その心のかたくななことを深く悲しみ、その人に言われた、「その手を伸ばしなさい」。その人が手を伸ばすと、その手は元どおりになった。 6 パリサイ人たちは出ていって、すぐにヘロデ派の者たちと、なんとかしてイエスを殺そうと相談を始めた。

安息日の善と悪

 「それからまた、イエスは会堂に入られた」。もちろん安息日にそこに集まるユダヤ教徒に「神の国」の福音を語るためである。先に見たように、イエスのガリラヤでの宣教は会堂で行われることが多かったのであるが、会堂で教えられているユダヤ教の律法とイエスが宣べ伝えられる「神の国」の福音との対立はすぐに明白になってくる。とくにユダヤ教の生命線のように重視されていた安息日の律法に関して、イエスの言動は律法を破るように人々を唆す異端の教師として、厳しい監視を受けるようになった。先の麦畑での論争だけでなく、イエスはあえて安息日に関する律法学者たちの口伝律法の細則(ハラカ)を破るような言動をしておられる。たとえば、ベテスダの池で三十八年も立てなかった病人を癒された時、床を取り上げて運ぶことは「安息日にしてはならないこと」とされているのに、あえてその病人に「床を取り上げて歩け」と命じておられる。床を取り上げて歩いたこと、すなわち床を運んだことが安息日律法違反の行為として咎められるのである(ヨハネ福音書五・二〜一八)。このようなイエスの言動はユダヤ教指導者たちにとって、もはや放置できないことであった。彼らにはハラカ(口伝律法)違反もトーラー(正典律法)違反と同じく、神の戒めを破る行為であった。
 「するとそこに、片手がなえた人がいた。人々はイエスを告発しようとして、安息日にその人を癒されるかどうかをうかがっていた」。病人を治療する行為も一種の仕事であるから、原則として「安息日にしてはならないこと」とされていた。ただ生命にかかわる緊急の場合には例外として認められていた。この人の場合は明らかに緊急の場合ではない。もしイエスがこの人を癒す業をされたならば、それは明らかに安息日の律法を破る行為であり、民衆に律法違反を唆す異端の教師として最高法院に告発することができる。イエスの言動を監視するために会堂に来ていたファリサイ人たちの思いを見抜いて、イエスはあえて挑戦される。「神の支配」は律法の決疑論的細則の網に捕らわれていることはできない。
 「そこでイエスは片手のなえたその人に、『立って、中に出てきなさい』と言い、人々に向かって、『安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらが律法にかなっているのか』と言われた」。病人を癒すことは命を救うことの一つの現れであり、いつも善である。それに対して、行うべき善があるのに行わないのは悪であり、救うべき命を救わないのは殺すことである。いま目の前にいる病人を癒して命を救うことと、それが安息日の律法(じつは人間の言い伝えに過ぎないのであるが)で禁じられている行為であるからといって見過ごしにすることとでは、いったいどちらが真に律法にかなうところ、すなわち神が求めておられるところであるか、イエスは病気で苦しんでいる人を目の前に立たせて批判者たちを問い詰められる。

イエスの怒りと悲しみ

 「ところが彼らは黙っていた」。彼らは答えることができなかった。安息日であっても殺すよりは命を救う方が、悪よりも善を行う方が神のみ心にかなっていることは明白である。しかし、そうだと答えれば、安息日に治療行為を禁じた律法を順守するように求める自分たちの立場が無くなる。イエスにこの矛盾を問い詰められて彼らは一言も答えることができなかったのであろう。しかし、彼らの沈黙にはもっと深刻な面がある。
 彼らはすでに、律法に対するイエスの態度、とりわけ安息日律法に関するイエスの言動に疑念を抱き、イエスが力ある業によって民衆に歓呼されているだけに、その活動をこれ以上放置することはできないと感じていたであろう。さらに、民衆を背教へ誘惑する偽教師を告発し処刑することは、律法に忠実なユダヤ教徒の義務であった。彼らの内心にはイエスに対する殺意が芽生えていたであろう。それがこのような詰問によって決定的な殺意となった(このことは六節が明言している)。イエスは彼らの殺意を見抜いて言われる、「わたしは手のなえた人を癒して命を救おうとしている。ところが、あなたがたはそのわたしを殺そうとしている。いったいどちらが律法にかなっているのか」。彼らは何も言うことができなかった。
 「そこでイエスは怒りをもって彼らを見回し、その心のかたくななことを深く悲しみ」、もはや彼らの答えを待つことなく、彼らのいう律法にあえて違反して、手のなえた人を目の前で癒される。福音書はイエスの言葉と業を伝えることに熱心であるが、イエスの感情に触れることは稀である。その福音書がこの場面でイエスのお心には怒りと悲しみがあったことを伝えているのであるから、その意義は重い(このような描写は、イエスといつも一緒にいてその感情の動きを察知することができるようになっていた弟子たちから出たものであろう)。このイエスの怒りと悲しみは、かたくななイスラエルに対して預言者たちを通して示されていた神の怒りと悲しみと同質のものである。かたくなに主に背き続けるイスラエルの民にアモスやイザヤは主の怒りと裁きを告げ、ホセヤやエレミヤは背く者を受け入れようとされる主の憐れみと悲しみとを体験し語った。そのような主のしもべたちを殺してきたイスラエルは、今最後に遣わされた神の御子に殺意をもって対している。イスラエルのかたくなさは頂点に達し、神の怒りと悲しみも極限にきている。それがイエスの怒りと悲しみとに反映しているのである。

ファリサイ派の殺意

 イエスは「その人に言われた、『その手を伸ばしなさい』。その人が手を伸ばすと、その手は元どおりになった」。かたくなに恩恵を拒む者への怒りの中でも、ひたすら依り頼む貧しい者には神のあわれみが注がれる。イエスは手のなえた人にみ言葉を与えられる。もし、この人が「この手は伸ばせるはずはない」という思いに止まっていて、手を伸ばそうとしなかったならば、その手はなえたままであったであろう。ところが彼はその伸ばせるはずのない手を、ただイエスのお言葉だから、それに従って手を伸ばした。それが「信じる」という行為である。すると神のみ力が働いて、その人は手を伸ばすことができ、手は元どおりになった。このような質の言葉を持つかたはいったい誰か、驚嘆せざるをえない。ところが、この事実を見て殺意を決定的にした者たちがあった。
 「ファリサイ人たちは出ていって、すぐにヘロデ派の者たちと、なんとかしてイエスを殺そうと相談を始めた」。ファリサイ派の者たちにとって、どのような目覚ましい奇跡を行う者も、律法を(それも律法学者たちが定めた口伝律法の細則を)守らない者は異端者であり、イスラエルの民に律法を破るように計画的に扇動する教師は「背教の説教者」として最高法院に告発して処刑すべき者であった。ただガリラヤではイエスは多くの民衆に慕われ支持されているから、下手に扱うと、それでなくても反ローマ運動やメシア運動が多発する不穏な情勢のガリラヤに暴動の火種を持ち込むことになりかねないという心配からであろう、彼らも直ちに行動を起こすことはできなかったようである。それで「ヘロデ派の者たち」と、どうすれば民衆を刺激することなくイエスを殺すことができるか、その方法を相談し始めた。

「ヘロデ派の者たち」というのはどのような人たちであるのか、詳しいことはわからない。エルサレムでの最後の週の税金論争で再びファリサイ人と組んで登場する(一二・一三)。ヘロデ王家から好意的に扱われていた「エッセネ派」を指すという説があるが、詳しいことは別の機会に譲る。

 ここですでに十字架の影がさし始める。聖霊によりイエスの中に到来している「神の支配」は律法を内側から満たし成就しているのであるが、律法を自分の義を立てるための手掛かりにしようとする者たちは、もはや律法を順守することを救いの条件とされないイエスを、自分たちの立場を根本から否定する者として憎み殺そうとする。彼らは神の恩恵の支配に反抗し、自分が主人であることに固執して神を憎むのである。ここに人間性の罪深さがあらわになる。生まれながらの人間性は本性的に神の霊の事態に逆らうのである。
 このようにユダヤ教との論争・対立・決裂を描くことによって(二・一〜三・六)、マルコはイエスの中に到来している「神の支配」が人間から出るものとはまったく別のものであることを告げ知らせる。それはただ神の恩恵により、神の霊によって上より与えられるものである。それを受けるのはただ信仰だけである。