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まえがき

 本書は、「キリスト信仰」のさまざまな局面を語った福音講話をまとめたものです。「キリスト信仰」とは、キリストを告げ知らせる「キリストの福音」を信じて受け入れ、キリストに結ばれて生きるときに、わたしたちの中に生起する現実全体を指しています。したがって本書は、「キリストの福音」を信じて生きるわたしたちの姿を語ることによって、「キリストの福音」を提示しようとする著作であると言えます。
 使徒パウロは、キリストを信じ、キリストに結ばれて生きる人間の現実を「キリストの信仰」と呼んでいます。わたしはこれを「キリスト信仰」と表記しているだけです。使徒パウロは、このキリストに結ばれて生きる人間の現実を、「キリストにあって」という句で表現していますが、この表現を使えば、「キリスト信仰」とは「キリストにあって」人間に生起する現実の総体であると言うことができます。
 その現実の総体を語り尽くすことはできませんが、その主要な局面をまとめたものが本書です。はじめに、本書の構成を説明しておきます。
 第一部「キリストの諸相」では、「キリストの福音」が告げ知らせるキリストとはどのような方であるのかを講じています。キリストはいつも同じキリストですが、その「キリストにあって」生きる人間の方は、その人の立場や歴史的状況がそれぞれ違いますから、その人の中に現れる「キリスト」はさまざまに違った相を見せることになります。そのさまざまな相の中から、新約聖書の主要な三人の人物を選んで、その三人に現れたキリストの主要な相を、三回の講話にまとめています。その三人とは、イエスの弟子たちの代表としてのペトロ、イエスの直接の弟子ではありませんが、選ばれた使徒として「キリストの福音」を異邦世界に宣べ伝えたパウロ、そして、ヨハネ福音書の著者です。この著者が誰であるかは確定困難ですが、ここではヨハネと呼んでいます。したがって、第一部はペトロ、パウロ、ヨハネという新約聖書の主要人物によるキリストの提示ということになります。
 第二部から第四部までの三部は、「キリストにあって」生きる人間の中に現れる新しいいのちの相を、その主要な三つの相にまとめて、それぞれ三回ずつの講話で語っています。人間は、神との関わりという垂直軸、隣人との関わり(社会的な関わり)という水平軸、時間の中の存在という時間軸という三つの次元をもつ存在です。したがって、「キリストにあって」人間の中に現れる新しいいのちも、この三つの軸に沿って、それぞれの形で現れることになります。まず、神との関わりという垂直軸においては「信仰」という姿で現れ、隣人との関わりという水平軸では「愛」として現れ、時間軸では「希望」という相で現れます。この三つの相を、それぞれ第二部「信仰の諸相」の三講、第三部「愛の諸相」の三講、第四部「希望の諸相」の三講で語っています。
 この第一部から第四部までの四部十二講が本書の本体をなしますが、その前に序章「キリスト信仰の原点」を置き、後に終章「いのちの御霊」を置いて、本体の講話を締め括っています。どちらを先に、または後に読んでいただいてもかまいません。なお、第一部「キリストの諸相」への補論として、「受肉」の思想を解説するために、二〇〇〇年のクリスマス福音講話「神の子の誕生」を最後につけています。
 本書が読者の方の「キリスト信仰」に少しでも役に立つことを祈って、お手元にお届けします。

   二〇〇二年 八月
                    市 川 喜 一

イエス・キリストは、きのうも今日も、また永遠に 変わることのない方です。
              (ヘブライ人への手紙 一三章八節)

    聖書引用は「 聖書 新共同訳 」からです。
      (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation
      (c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988